2001年08月

001年8月1日 去年より太ったのかなぁ
と言うより去年より暑いからだろうか・・・。それも一つの理由かも知れない。

最近、脇腹の辺りとか下腹部が痒いのだ。よく考えてみると、脇腹の痒い部分はベルトの辺り。下腹部は股と臍の中間。で、よく考えるとその他にも時々脇の下 が痒くなったりする。薬局で聞いたら汗疹(あせも)だって・・・。汗疹って大人でも出来るのかぁ。赤ちゃんだけに出来るもんだとばっかり思ってたんだけ ど。

なるほど、帰ってきてから下腹部を見てみると横一文字に赤いつぶつぶの筋が出来てる。で、椅子に腰掛けてみるとその部分が丁度しわの奥に隠れるのだ。 ちょっと待てよ? 去年はこんな皺はできなかったはずだぞ。未だに昭和58年に買ったズボンがはけると言うのが自慢なんだ。そりゃぁ多少きつくはなったけ ど、左程体型は変化していないはずだと思っていたのだが・・・。そうか、下腹部が出っ張った分、尻が小さくなったのかもしれない。

しかし、なんでこんなに急に太ったのだろう。やはり春に騒音や振動で寝られないとか言いながらビールの量が増えて以来、そのまま減らないのが問題かもしれ ないなぁ。食べる量そのものは減ってきてる、と言うより食べられなくなってきているのだが、ビールの量だけは減らないのだ。これはちょっと本腰を入れて掛 からなければならない。

で? 先ず何をすれば良いんだ? ビールを減らせ? そうしたいのは山々なんだけどねぇ。運動をしろ? この暑いのに?

2001年8月2日 結婚しない・婚前交渉OK
ラジオのニュースがこんなことを言ってた。お客さんを乗せて走ってる時のことだったので、お客さんの話とラジオの話を半々に聞いていたので正確ではない が、高校生の意識調査の結果らしい。この比率が世界各国の数値と比べるとかなり高いらしい。

以前新聞の投稿欄で見た女性の投稿で、なぜ最近の女性が結婚したがらないか、その理由が書いてあった。要旨は次のようなものだった。

「独身で会社に勤めていれば、自分の稼いだお金で、自分の好きな時に海外旅行に行ける。結婚したらそれが出来なくなる。だから結婚してからでも毎年海外旅 行に行かせてくれる理解の有る男性が現れない限り結婚しない」

で、ここからが今日の本題なのだ。
海外旅行なんて独身OLの特権みたいなもんじゃぁ無い? 同じ独身でも男性の場合はやたら会社を休む訳にはいかないし、給料は結婚資金として貯めておかな くてはならない。男性の場合は親元を離れて生活していることが多いから家賃だって食費だって、家から通っているOLに比べれば余計に掛かるのだから、やた ら海外旅行なんか行けるものではない。まして結婚したら、それ以外にも色々とお金が掛かるようになるのだから、いくら男性に理解があっても無理じゃないか なぁ。と言うことは金持ちの男性と出会うまでは結婚できないということになりかねない。

ところで、この海外旅行なのだが、2〜3日前に乗せた女性達が後ろで話してるのを聞いてると、結局買い物旅行になってしまっているようだ。パックになって いる観光はするが、それはついて行くだけで、頭の中はお土産やさんのことで一杯らしい。ガイドが何を説明しても上の空のようだ。日本よりは安いバッグや、 香水のことばかり考えているので、結局は観光したと言っても頭には何も残っていないらしいのだ。それだったら、往復の航空運賃やホテル代を考えれば、国内 で割高のものを買っても十分その方が安いような気がするのだが・・・。もちろん食べ物は現地で食べるのが一番うまいかもしれないがね。

ま、海外へ行って何をするか、何処を見るかと言うことは関係無くて、海外へいくこと自体が目的みたいな旅行ならしない方が増しだ。その分を国内で遣ってく れた方が景気の回復にもなるだろうしね。

2001年8月3日 おかしな客
最近時々乗る客で、おかしな奴が何人かいる。行き先を聞くと千円前後の行き先を告げるのだが、実際には基本料金のままか、一つメーターが上がるくらいのと ころまで行くと「ここで良い」と言って降りて行くのだ。

あたしの仕事をしている駅では短い距離のお客ばかりだから、近くても文句を言ったりしないのだが、誰かが文句を言ったのだろうか。それで、遠くの目標を 言っておいて、途中で降りると言う事をしているのかもしれない。つまり乗車拒否をされないための手段なのかもしれないと言う事なのだが、実際にこれをやら れると、最初から近い距離だと分かっている時以上に腹が立つ。最近のように売上が上がらない時には、常に胸算用をしているのだが、それが崩れてしまうから だ。

どう言うことかというと、仕事を始めた時間から、時間毎に大体の目標を設定しているのが普通なんだが、その設定に届いていないような時(最近は毎日)には ちょっとでもメーターの上がる仕事があると、それが目標には届かない仕事で有ってもちょっとはほっとしたりするわけだ。それが途中で降りるとなると目標が また遠くなるわけで「さっきのあれはなんだったんだぁ」と叫びたくなると言うわけだ。

例えばね、中心部の盛り場にいく積りでタクシーに乗ったけど、道が混んでいて時間に間に合いそうにもないと言う理由で、最寄の地下鉄の駅へ行き先が変更さ れるなんて言うことはたまにある。また、パチンコがしたくなったとか、居酒屋へ寄り道と言うこともある。ところが上で書いた連中はそう言うのとは違って、 自分の住んでる所へ向かってさっさと歩いて行くのだ。仲間の運転手も何人か経験しているらしい。こうなってくると、これからはあの顔を覚えておいて乗って きた時から胸算用の修正をしておかなくてはいけないな。

2001年8月4日 やはり掃除は大切
暑いシーズンに入る頃にこの日記に書いたが、エアコンの冷房での運転を始める前に掃除をした。中のフィンまでは洗っていないが、フィルターだけでもと思っ て冷房運転を始める前に洗ったのだ。で、当初はドライ運転ばかりだったのだが、7月の後半、特に暑い日が増えてきてから冷房運転に切り替えた。

特に温度設定は気にしていなかったのだが、シャワーを浴びたあともなかなか汗が引かなかった時に、冷房温度を少し下げようとリモコンを取ってみると29℃ か30℃で使っていた事がわかった。どう言うことかというと、スィッチをオンにした時に1℃下げ、寝る頃に1℃上げと言う使い方をしていたのだが、温度の 表示を見ていなかったのだ。少し強く掛けようと思って手にとって見てその時に29℃と表示されてるのを見て初めて気が付いた。

確か、昨年は常時、24〜5℃位で使っていたはずなのだ。今年は去年よりも暑いのに29℃か30℃の設定で寝ていられると言うことは、やはりフィルターを 掃除した効果が大きかったのだろうというわけだ。そう言えば車のエアコンのフィルターも、もう半年以上掃除していないなぁ。しかし、あのフィルターを外す のは大変なんだよなぁ。今、結構効いてるからまだいいか・・・。

2001年8月5日 今時の若者
いつも土曜日に食事に行く居酒屋での事。カウンターにいる若い男性は昔この店であるバイトをしていたこともある人間で20代後半に入ったところだろうか。 その隣りにいる男性は既にリタイアしているようで、70代半ば位か。これくらいの年になると、はっきりと推定できるものではない。老けて見える人もいれ ば、若く見える人もいる。話の内容から言ってその位だろうなと推定したというだけの事である。

この若い男性は、以前この店でアルバイトをした事もあるので、ある程度接客も出来るから、年寄りの話し相手になってやっていた。普通の若い者だと、今風の 言葉で言うなら「ウザイんだよ」と敬遠しそうなもんだが、敬遠するでもなく、またやたら持ち上げるでもなく、それなりに話を聞いて、それなりに相槌を打っ ている。きっと知らないものが見たら、近所の知り合いのおじいさんと一緒に飲みに来たのだろうかと思ったに違いない。

あたしがこの店に入った時にはこのおじいさんもかなり飲んでいたようで、間もなく話しを切り上げて、帰って行った。すると隣にいた別の人や、店の女将さん が「あんた偉いねぇ」とその若者を誉めた。あたしも話しを聞きながらそう思っていたので、拍手してやりたいほどだったが、さすがにそれは拙いだろうと思っ てやめておいた。アルバイトしていた頃から、既にしっかりしてるなぁとは思っていたのだが、良い青年になったものだ。

と書いた後、読みなおしてみて、なんだが今日は随分爺臭い事を書いてるなぁとしみじみ・・・。

2001年8月6日 久しぶりの散髪
今日は日曜日としては珍しく早起きをした。と言うより、散髪に行きたかったので早めに寝て、早めに起きたのだ。確か寝たのは3時か4時頃だったか・・。だ から1時前には起きてしまったわけだ。支度をして車に乗ったのが、2時ちょっと前だったかな。外はかなり暑いだろうと覚悟して家を出たのだが、思ったほど 暑くない。割に爽やかなのだ。

この2年くらい、目覚めるのは殆ど夕方の4時頃だったので、一番暑い盛りの時間帯はエアコンの効いた部屋の中で寝ていたのだ。だから、太陽が頭の上にある 時間帯の暑さを勝手に想像して覚悟していたのだが、ちょっと拍子はずれだったかな。

散髪屋で、椅子に腰掛け頭を刈ってもらってる間に色々話をしてくれるのだが、若い女の子なんか「もうピークは過ぎましたかね」なんて呑気な事を言ってい る。そりゃぁねぇ、もうすぐ立秋だからといって暦どおり涼しくなってくれるならそれに越したことは無いが、どう足掻いたってお盆を過ぎるまではまだまだ暑 いよ。それにこれからは「残暑厳しき折・・」と言う時期に入るわけだ。昔は「暑さ寒さも彼岸まで」なんて言ってたけど、今では体育の日くらいまでは結構暑 い。やはり温暖化のせいなんだろうか。せめて毎夕、夕立でもあれば、過ごしやすくなるのだが、雨雲はいったい何処へ行ってしまったのだ。

2001年8月7日 ベルトが切れちゃった
先週ちょっと太ったのかな、なんて書いた後なので「きっとズボンのベルトが切れたんだろう」と思った人がいるかもしれない。そもそもあたしの場合、ズボン のウェストがぴったりなので、ベルトなんか要らないのだ。無しでは変なので一応しているというだけのことだ。

いつものめし屋で夕食を済ませ、さぁガスを入れなくては、と駐車場を出ようとしたらいきなり「ギャッ」と音がした。何かにタイヤをこすり付けたのかと思っ たのだが、スルスルと動いている。ははぁ〜ん、ベルトだな? と思った。最近クーラーのマグネット・クラッチがつながるとちょっと変な音がしていたので、 気にはしていたのだ。で、加速すると「ギャッ、ギャッ、ギャッ」と間隔が短くなった。クーラーを止めてみる。音も止まった。で、原因が分かったということ で、そのままスタンドへ直行。ボンネットを開けてベルトを押してみる。やはりちょっと緩い。

こんな変な音がしてたのではお客さんが不安になるに違いない。で、ベルトを張ってみることにしたのだが、14ミリのスパナーが無い。今までも結構自分でい ろいろ手入れをしたりしていたのだが、10ミリか12ミリのスパナーで間に合っていたので、14ミリが無いことに気が付かなかったのだ。車に載ってる工具 箱は、この車の前の持ち主が載せていた奴で、自分の工具は家に置いてある。家に帰れば、セットになったコンビのスパナレンチがあるし、ラチェット式のソ ケットレンチもある。だが車には専用に一本入れておいても良いかと思い、カー用品屋で買うことにした。しかしねぇ、肝心のサイズのスパナが無いくせに、 13ミリだの15ミリだのと中途半端なサイズのレンチが入ってるのはどう言うわけなのだろう。

カー用品屋で14ミリのスパナを買い、そこの駐車場でベルトを張った。で、いつものタクシー乗り場へ行き、そこで待機に入ったわけなのだが、ちっとも動い て行かない。ひまだなぁなんて思っていたら「ピシッ、シュルンシュルン」なんて音がした。やばいぞ、これは。エンジンを止めてボンネットを開けてみたら、 案の定ベルトが外れかかってる。完全に切れたわけではなく、内側のゴムの部分が半分くらい剥離しているようだった。クーラー無しでは仕事にならないから、 列を離れ近くのガソリンスタンドへ行ったのだが、ベルトの交換は出来ないなんて言う。点検・車検は当スタンドへなんて書いてあるが、あれは嘘かよ〜。今日 は仕事を止めて、明日整備屋へ行くか・・なんて考えたのだが、日中の暑い最中にクーラーの効かない車で走るのもいやだ。

実はトランクの中には、以前交換した時に外したベルトが緊急用には使えるだろうということでしまい込んであるのだ。しょうがない。手が汚れるし、暑いし自 分でやるのはいやだが、背に腹はかえられぬ。家の車庫は暗いし、狭いから行き付けのガス・スタンドへ行ってその隅で作業させてもらった。おかげで汗をしっ かりかいたが、ベルトを替えた後はクーラーもよく効いて、これでしばらくは安心だ。とはいえ、新品を付けたわけではないので、早めにスペアを買っておいた 方が更に安心だな。

2001年8月8日 ほら〜、あれっ! あれだってば!
家の井戸端(掲示板)での話。顔は頭に浮かんでるし、主演していた映画も思い出せるのに、中々女優の名前が出てこない。この度忘れというのは年をとったか らというだけではなく、若い世代でも経験することだと思う。現にあたしがまだ30代の頃にも経験している。その頃からもうろくしてたなんてのは言いっこな しね。

今回は「キャ」が先ず頭に浮かんだのだ。しかし、それを名前だと思ってるから、「キャサリン」とか「キャロル」とかが浮かんで来るのだがまるで思い出せな かったのだ。キャサリンといえば、キャサリン・グレースンなんてのがいたけど、あれは「オールマン・リバー」だったし・・・。といった具合で、すぐに横へ それて行ってしまうのだ。今回は映画のプログラムをカンニングしてやっと思い出せたというわけ。

他所の掲示板で「恋の手ほどき」なんてのを見て、そこへ「『ジジ』ですね。すると手ほどきをするのはモーリス・シュバリエで・・・」と書いていながら主演 の女優の名前が出てこない。確かあれは「パリのアメリカ人」でジーン・ケリーと踊った子だったよなぁ。とここまでは良いのだが、それでも名前が出てこな い。掲示板には書かなかったが、確か「足長おじさん」でフレッド・アステアと共演していたのも彼女だったはずだ。レスリー・キャロン。キャがつくのは間違 いなかったのだが、名前で無く姓の方だった。

あたしが30代の頃の度忘れの話し。もちろん他にも度忘れは結構あるはずなのだが、この時のことは今でもよく覚えている。
その頃は転勤転勤であちこちを動いていたので、正月休みくらいは家に帰ろうと、帰省してきていた時のことだ。コタツに入ってテレビを見ながら食事をしてい たのだが、その時になんの話しからか、アメリカ映画の話になった。で、その映画に出ていた男優の名前が出てこないのだ。親父とお袋とあたしと3人で考えて いるのに出てこない。
「ほら、大脱走に出ていてバイクで国境を超えた・・・」
「華麗なる賭けに出ていた人だよね」
「ブリットでカーチェイスをやった・・・」
「昔テレビの拳銃無宿シリーズで人気の出た・・」
3人とも知ってるのに名前が出てこない。そのうちに食事も終わり、お袋が台所で洗いものを始めたと思ったら「キャァ〜〜ッ」と悲鳴を上げて、茶の間へ飛び こんできた。「思い出した! スティーブ・マックィーン」

これで3人そろって「フ〜〜〜ッ」とため息をついた。つっかえてたもんが取れて一辺に気が楽になったという感じなのだ。喉のところまで来ているのに・・・ なんて言い方をするが、本当にこういう時は歯がゆい思いをするものなのだ。

2001年8月9日 今日のヤバイ客
今日のと書いたが、書いたのは7日で、実際には6日月曜日の出来事。ちょっと書きたいことが一辺に3つもあったので、ずれ込んでしまった。

深夜に入って乗って来た変な客。
「○○台へ行ってくれ」
こう言う風に漠然と町名しか言わない客は大体普段は滅多にタクシーには乗らない奴だ。こう言う手合いはたまにしか乗らないくせに「乗ってやるんだからあり がたく思え」の口なのだ。だから、黙って素直に言う通りに行けばいいのだが、指示の仕方が変だったので、つい聞き返してしまった。
「□□の角を曲がって行ってくれ」
この○○台へ行く場合、すぐ次の信号を左へ曲がる人が殆どで、更にその次の信号で曲がるように指示する人は滅多にいない。で、つい「○○台のどの辺です か」なんて聞いてしまった。
「△△は知ってるか?」
「ハイ知ってますよ。その△△の方へ行けば良いのですか?」
「△△の先の××の方へ行ってくれれば良いんだ」
「□□から曲がって△△の方へ行くんですか?」
「他に近い道があるならそれでも良いさ」
「いえ、○○台も広いのでお客さんの行き先が一方通行の関係で・・・」
「分かった、分かった!」
こうなったら黙るしかない。人によっては一番東の端から西向きの一方通行で西へ戻る人もいるので、その辺を確認したかったのだが・・・。おまけに走り始め ると、いきなり窓を開けて煙草に火をつける。ったく山猿が・・。で、結局その町の西のはずれで降りたわけだ。

そりゃね、言われた通りの道で行けば、メーターはかなり上がってこちらにとってはありがたい話しなのだが、この手の連中は着いてからガタガタ文句を言うに 決まってるんだよ。それが客の指示通りの道であっても、乗ってやってるのに遠回りをしたと文句を言うに決まってるのだ。こういう客の場合はとにかく最短距 離で、最短の時間で降ろしてしまうに限る。

2001年8月10日 タクシー近代化センター
これって、東京と大阪にはあるけど、名古屋には無いはずなんだよ。で、今日乗せた客が「お前は態度が悪い。近代化センターにクレームを出しておくからな」 と捨て台詞で降りていった。いつもとおんなじことをしていても客によっては感じ方も違うのだろうから関係無いんだけどね。そう、いつもとおんなじように態 度の悪い客に対しては、こちらもお愛想も言わないというだけのことなんだけどね。つまり客にしてみれば自分は客なんだから、何をしてもお客優先なんだと 思ってるし、そう言う態度を取るわけだ。こちらとしては運転手を人間として見ていないような奴に対しては、人間らしい対応をする必要も無いと思ってるわけ だ。その方が楽だし、期待に応えてやってるわけだよ。もしもだよ? 客としては相手が自分以下だと馬鹿にしてたのに、その相手が自分以上に丁寧な言葉を 使って丁寧な物腰だったら馬鹿に出来ないんじゃ無い?

で、その捨て台詞に対して、つい「東京や大阪にしかありませんよ」と教えてあげたのは人間らしい親切だし、余計なお世話だったかも知れないなぁ。じゃぁ近 代化センターの無いところでは運転手に対する苦情の持ってき所が無いじゃぁないかと心配する必要は無い。陸運事務所とか陸運支局というところがある。ここ で受け付けている。ただし、こう行ったところへ苦情を申し出る場合は、自分の身分を明かさなくてはならない。そうしないと苦情を言われた運転手が仕返しで きないじゃぁ無いか。というのは冗談だが、匿名では単なる嫌がらせと取られる可能性もあるし、大体において卑怯だ。だから陸運事務所や支局では匿名の苦情 は受け付けないことになっている。

そもそも、客の方は乗ってくるときにドアに書いてある屋号を見ることが出きる。また、車内には運転手の写真と名前が表示されている。いやな運転手だったら 苦情を言うことも出きるし「役所へ言いつけてやる」なんてことを言って脅すことも出きるし、最後の手段としては次から乗らないなんて事も出きる。ところ が、運転手の立場からはどんなに嫌な客でも乗せなければならない。苦情を言いたくても何処の誰かは分からない。第一苦情を持って行くような所も無い。せめ て勤め先でもわかれば、そこの製品は絶対買わないとか、その店からは何も買わないなんて事が出きるかもしれないがそれすら出来ないのだ。こうやって自分の ホームページの中でうだうだと愚痴を言ってるのはせめてもの憂さ晴らしというわけだ。

2001年8月11日 立秋とは言え
立秋を過ぎたとは言えまだまだ暑い日が来るはずだ。確かに今週に入って急に涼しくなったから、峠を超えたかと思えないこともないのだが、例年からすればま だ早すぎる。おまけについこの間までのあの暑さからすれば、こんなもんで終わるはずが無いのだ。油断は禁物なのだ。

とは言え、先日書いた汗疹は既に収束しつつあるし、今いる部屋の中はエアコンが無いにもかかわらず、扇風機だけでしのげる。熱帯夜が続いた頃はシャツも脱 いで扇風機に当たりながら、タオルで顔や喉や背中をしょっちゅう拭いていなければならなかったのだから、それからするとたいそう楽になったものだ。

2〜3日前からとんぼが飛んでいる。秋と勘違いしているのだろうか。また急に暑くなったりしたら「しまったぁ、時期を間違えた」と後悔するかもしれない。 我が家の庭ではミンミンゼミやアブラゼミよりもクマゼミの声の方がよく聞かれる。しかし今年はツクツクホウシの声が聞こえない。そしてまだ暑いからカナカ ナ(ヒグラシ?)の声も聞こえない。やはりとんぼが出てくるのがちょっと早すぎたのだろう。

あたしは昔、東京の練馬に住んでいた。小学校に入学してから半年後くらいに板橋の方へ引っ越した。しかし、親としてみれば折角出来た友達と分かれるのはつ らかろうという事でそのまま越境ではあるが、その小学校に通わせてくれた。しかし、距離としてはかなり遠くなったのだが・・・。その後、その小学校から分 離独立した小学校に移り、家からは大分近くなった。ところが、中学はまだ分離独立していなかったので、分離する前の小学校の延長上にある中学に入学した。 教室が足りなくて、今で言うならプレハブ校舎、つまり仮設の校舎を校庭に建てて急場をしのいでいた。この中学の頃に通った道沿いにある家の垣根の上から夏 になると向日葵が顔を出していた。通学の途中でいつも眺めていたのだが、ある日、それが消えてしまった。そしてその生垣に木の小さな板が張りつけられてい た。その板には「向日葵の 消えて寂しい 垣根かな」と書いてあった。その板を読む前に自分自身が感じていた事が既に書かれているのを見て「うんうん」と 頷いたものだ。そして今また、向日葵を見たり、秋の気配が感じられる頃になると、この事を思い出す。

2001年8月12日 車対歩行者
歩行者は弱者だから保護しなければならない。歩行者は弱者だから優先権がある。なんて言う話題があたしが良く見に行くホームページの掲示板に出ていた。一 方では言葉の解釈について、他方では現実面で其々議論している。今回は言葉の解釈(法の解釈)はどうでも良い。現実面での議論の方を見て感じた事を少々。

事の始まりは、救急車がサイレンを鳴らしながら走って来ているのに、歩行者は道路の横断を止めるどころか、迫って来ているのを横目に悠々とわたっていたと いう話しだった。歩行者優先をかさにきて、とか、歩行者優先を履き違えているといった意見の他、仮に道交法を知らなくても緊急車両に道を譲らないのはおか しい、などといった意見も出ている。当然の事ながら良識として、歩行者もドライバーも人間なのだから人間としての対応をといった意見もある。

ところで、この発端となった記事を書いたのは若い女性である。で、思わず「クスリ」と笑ってしまった。その若い、それもとても可愛い考え方をする彼女を馬 鹿にしているわけでない。ただ単に知らないだけなので、責めるつもりも無い。この強者対弱者の関係は決して車対歩行者に限った事ではないのだ。ただそれ が、自分の気が付いていないところで保護されているという事を知らないというだけの事なのだ。というよりも、回りがいかに気を遣わざるを得ない状況にある かという事に気が付いていないという事なのだ。

車対歩行者で、歩行者が弱者とされるのは物理的に弱い立場だからだ。仮に鎧を着て歩いていても、車に衝突されれば生きていられる保証は無い。だから弱者に されているのだが、ドライバーからすれば強者ということになる。仮に赤信号を無視して歩いていても、跳ねられれば、跳ねた車が悪いという事になっている (と信じられている。しかしあたしは信号無視の自転車の女子大生を跳ねてお咎め無し。逆に先方から修理代を頂いた経験がある)。だからしたい放題の悪さを する。だから、ドライバーにとっては歩行者は強者になるのだ。無茶をする歩行者に対しては戦々恐々、というより憤りを感じているのだ。

そしてこれはもう一つの事例にも当てはまる。もう一つの事例とは男対女だ。男は強者、女は弱者と言う事になっている。何かあれば、女は何時でも被害者にな れる。極端な事を言えば混んだ電車の中で、気に入らない男が目の前にいたら、その男の手を掴んで「痴漢です」と一言言うだけで良い。何もされていなくて も、あたしは被害者ですといえば周りは被害者の言う事を信じるしかない。特に最近はセクハラだのストーカーだのと痴漢以外にも女性を守るための新しい言葉 とルールが出来てきた。気の弱い男性はセクハラと言われないように女性に言葉をかけるのを恐れ、ストーカーといわれないように通勤路を変え、痴漢と言われ ないように混んだ電車の中では両手でつり革につかまるといった具合だ。だからそれを逆手にとって女子高生が悪さをするようになるのだ。思わせぶりに近付い ておいて、お金だけ巻き上げておいて被害者に変身するとかね。これは、本当にあるのかどうかあたしは知らない。タクシーの待機場所で暇な時にマンガで得た 知識なのでね。どちらにしても、あたしみたいな小心者にとっては女性に近付かないのが最善の安全策。「触らぬ神に祟り無し」というところか・・・。

昔からレディ・ファーストなんて事があるが、あくまでも「レディ」に対して遣われる言葉なんだよね。下品でがさつな女が増えてレディなんて探しても見つか らないこの世の中では既に死語になってるのだろうが。これだけ女性が強くなったこの世の中で、これ以上女性の立場を保護するような法律が出来たりした日に はあたしは人間を止めたくなるだろうなぁ。

2001年8月13日 コンピュータ・グラフィック・アニメーション
長い名前だが、コンピューターで絵を描き、それを連続再生すると動画になる訳だ。つまりアニメーションだね。昔教科書やノートの隅に線画を描いてパラパ ラっとめくって遊んだ経験はないだろうか。いわゆるパラパラマンガ。ストーリーなんか無くても良い。飛行機が右から左へ飛んで行くだけでも結構満足出来る のだ。

あたしが最初に買ったパソコンは、既に東芝に吸収されてしまったSORDという会社の作った子供用?のパソコンだった。当時5万円。スプライト機能が気に 入ってしまったのだ。実はこの当時、ある会社でサービスマンの教育という仕事をしていたが、動作の原理を説明をする時にかなり苦労していた。作動前と作動 後のOHPを用意しておいて差し替えるというのが一番原始的な方法だった。「この通路からオイルが流れ込んできます。充満して圧力が上がると・・・」さっ とOHPのフィルムを差し替えて「この様にバルブが移動してこちらのオイルの通路を塞ぎます」なんて事をやるわけだ。

これがある程度進歩した形のものも出てきた。透明のプラスチックで出来た、部品をその都度スライドさせながら説明するのだ。この時、スライドするための手 と、ポインターで指し示す手と二本の手がフルに稼動するのだ。この教習を行う部屋にはビデオ・プロジェクターが備えられていた。そして上で書いたパソコン にはビデオ・アウトが備えられている。ゲームパッドで、操作をすれば、スプライトが移動して、あたかも動画の様に見えるプログラムを作ってみた。これは パッドの操作でリアルタイムに動くので、かなり効果がありそうに見えたのだが、ビデオ出力の信号は実際に投影してみると色がかなり滲んで、面の表示はとも かく、線の表示は情けないものだった。

この後、シャープのX1を購入し、その上の機種X68Kへと進んだ。このころにはその会社を辞めていたので、教育のためという目的が無くなったのだが、そ れでもアニメへの興味を捨て切れずにいた。シャープのX68Kには、かなりマニアックなファンが多かった。カンパ・ウェアという形で、動画を作るためのソ フトがある事を知り、すぐにそれを入手した。何か、ストーリーを作ってそれに基づいたアニメを作ると言う事はしなかったのだが、メカの動きを説明するよう なアニメを幾つか作ってみた。この当時は各パーツの動きをエディタ等でコツコツと入力していたのだが、逆にいえば計算式でそれらしく動いてくれたのでかな り遊べた。

しかし、今ウィンドウズ用のバージョンが出来ているのだが、これが枡目の上に軌跡を書いていく用なタイプに変わっており、かなり感覚的な操作になってい る。それらしく見せようとすると試行錯誤をかなり繰り返さなくてはならない。計算式で書いていたころの方が楽だったような気がする。これは誰でもが、感覚 的にアニメを作れるようにという初心者向けのバージョンだからだろうか。

今、アニメで説明をするようなホーム・ページの製作に着手している。もちろんメインはこちらのホーム・ページで、更新が滞ってはいるが、まだネタは幾つも あるのでぼちぼちと更新して行くつもりではいるのだが。この新しいホーム・ページの製作にあたり、色々とアニメを作りながら思い出した昔の事を書いてみた 次第。

2001年8月14日 あたしらしくない?
「あたしらしい」ってのは「どんなあたし」なんだろう。2日前の日記と、それに対する掲示板の反応に・・・

昔、テレビのコマーシャルで「私作る人」「僕食べる人」とやった会社は性差別だと言う事で不買運動にあった。しかし、沢たまきだったかな、「ボトルの1本 も空けられなくて、それでも男か」なんて事をやった会社に対して不買運動をした男性は聞いたことがない。「私作る人」からすれば「それでも男か」の方が余 程性差別だと思うのだが。以前、日記にも書いたが「野球は興味がない」と言ったら、お客(おばさん)に「男なのに〜?」と言われた事もある。これだって立 派な性差別だ。例えば女性の客が「あたし料理なんか出来ないの」と言ったとする。あたしがそれに対して「女の癖に?」と聞き返したらきっと訴えられるだろ う。男と女の性格の違いなのだろうか。それとも単に「男なんかに負けてられるか」と言う意地なのだろうか。

女に手を出して職を失った人の話は良くある。どっかの知事さんもその口だ。本との話しは知らないが、高価なものと引き換えでOKしたとか、そんな話しはな かったとか・・・。もしかすると、本当にOKしていたのかもしれない。その後で、もっとせびることが出来るかも・・と言う事で、表ざたにしたと考えられな いこともない。あくまでも想像だけどね。

正直な話、あたしは女を余り信用していない。騙されてばかりいたのだろうって? そりゃね、若いころに水商売の女に2回ばかり騙された事があるけど、それ はこちらもうまく行けばもうけもんという頭があったから「騙された〜」と言う感覚は余りない。「やっぱりだめだったか」で終わりだ。女を信用していない理 由は他にあるのだが、ちょっとこのようなところで明らかにするのは憚られるので止めておく。家族の恥というか・・。

最近、若い女のこが急接近してくる事がある。独身歴54年のあたしとしては、もてないと言う点では自信があるので、急接近してこられると身構えてしまう。 昔、まだ28才だった頃、行き付けのスナックでアルバイトをしていた女子大生が急接近してきた。急激に親しくなったので、一応警戒していたのだが、ある日 突然「お父さん」。あたしも思わず「なんだい?」。彼女は早くに父親をなくしていたのだった。しかし、その代役に10才も年の違わない男を選ぶか なぁ・・・。

深夜、若い女性が乗って来て「○○まで」と言ったとする。斜めの近い道はあるのだが、どうしよう。「ちょっと暗くて寂しい道を通っても良いですか? 少し は近いと思うんですが」。明るい通りから外れて、薄暗い道を走ると言うのはこちらも神経を遣う。「この爺、暗いところへ連れこんで何をしようとしてるん だ」と、言われたことはないが、そう思ってやしないかと考えると、余計神経を遣ってしまうのだ。だから早めに了解を得ておくわけだ。

エレベーターの件では面白い話を聞いたことがある。一人で乗っているときに女性が一人乗ってきたら、慌てて飛び降りると言う人の話を聞いた。これも確かセ クハラの話だったかストーカーの話だったか、お客と話していたらその人の同僚が実際にやっているのだそうだ。「李下に冠を正さず」って奴だな。だから女性 一人しか乗っていないエレベーターが来たときにはやり過ごすのだそうだ。女を守る法律って結構あるんだが、男を守る法律ってのはあんまり聞かないねぇ。

でも、これはこれで女同士のトラブルの元になってるらしい。例えば、生理休暇とか産休。生理の日でも平気な人は休まない。しかし、平気なくせに権利だから と休む女。これは同僚の女でも結構頭に来てるらしい。そりゃそうだな。休んでも給料は一緒なんだから。

2001年8月15日 昨日の続き
実は先週の土曜日から休んでいるので、余り新しいネタがない。もちろんメモを掘り返せば、いくつかのネタはまだある。しかし、この際だから昨日の続きを書 いておこう。

あの日記を読めば、あたしが女を信用していないと言うことは分かると思う。しかし、それでいながら結構ほれっぽいのだ。ほれた女がいるということは浮き浮 きワクワクさせてくれるから好きなのだが、とりわけ片思いが好きだ。なぜだか分からないが、片思いの方がどきどきするのだ。だから片思いの相手がいて、そ の相手が自分に対しても好意を持ってくれてると分かると、途端にどきどきしなくなるので、また次の片思いの相手を探したりするわけだ。

例えば高校を卒業してすぐに家出をし、住んだのが神奈川県の北部。ここで牛乳屋のアルバイトをしたことがある。仕事が終わる頃、人がそろそろ出勤し始める 時間帯になる訳だ。片付けをしているときにいつも通る女性に片思いをした。まともに目を合わせられない。その人が近付いて来ると、思わず顔をそむけ、しか し一目見たい一心でチラッと横目で見たりする。あぁ、今日もあの人の顔を見ることが出来た。これだけで幸せだったのだ。ところがある時、その人が近付いて 来ていることを知らずにいたため、ばったり目と目が会ってしまったことがあった。その時、彼女がちょっと会釈して行ったのだ。この会釈の意味は別にどうっ て事はなかったのだろうと思う。いつも出勤の途中にいる人ということで、単なる朝の挨拶だったのだろうが、それで熱が冷めてしまった。何故なんだろう。

24〜5才の頃、住んでいたアパートの近くに喫茶店があって、休みの日には良くそこに入り浸っていた。ある時そこの店員から「そのうち、かぐや姫と結婚す るんでしょ?」と聞かれた。かぐや姫? 誰だそれ? なんとアパートの目の前にある家具屋の娘のことだという。どうもこの辺りでは若い独身男性が皆彼女を 狙っていたと言うのだ。ところが相手はもう決まってると言う噂があり、その相手があたしだという噂まで有ったそうだ。確かにその家具屋の長男とは年が同じ と言う事もあり、良く出入りしていたのだが、その様子を見た人がそんな噂を立てたのだろう。そう言う話しを聞くまでは友人の妹と言うことで意識もしていな かったのだが、それ以来ちょっと意識するようになった。確かに美人では有る。笑顔も可愛いし。ところがあたしとしては細身の娘には余り興味がわかないの だ。そして彼女はとてもスリムだった。ある時、彼とそのお袋さんとお喋りをしていた時に好きなタイプの女の話になったことがあった。あたしはふっくらポッ チャリが好きだ、細身はどうも・・・・と言う話をしたら、そのお袋さん「結婚したり、子供を産んだりすればポッチャリになる」と言ってニコッとしたのだ。 そして何時の間にか来ていた彼女も「そうよ、大丈夫よ」と言わんばかりに笑顔で頷いて見せたのだ。そしてあたしはまた興味を失ってしまった。

今、この年になっても「片思いゲーム」は続いている。タクシー待機場所の横を通る女のこのうち、自分の好みのタイプを目で追ってるだけなんだけどね。あ、 もっとも興味がなくても目で追うことは有るけどね。ガリガリで良く生きてるなぁ、とか、あのガニ股はどうにかなんないのかなぁ、なんて場合も目で追ってた りするからね。そのほか、行き付けのコンビニや、めし屋の女の子と他愛もない話をしては笑って、それらしい気分を味わったりしている。ただ、あたしが若 かった頃に好きなタイプだった、しっとりした女とか憂いを含んだ女(暗いのは嫌だけどね)なんてのが最近いないなぁ。時代のせいか。それとも、土地柄のせ いか・・・。

2001年8月16日 聞きなし
鳥の鳴き声を「天辺かけたか」とか「特許許可局」と耳で聞いた音を人間の言葉に置きかえる事を言うらしい。その他にも擬音語と言うのが有る。犬は「ワンワ ン」、鶏は「コケコッコウ」、猫は「ニャァ〜」、ウサギは「ピョンピョン」ってこれは違うな・・。このように耳で聞いた音を自分たちの声で表現する事を言 うのだが、これがまた国によっても違う。英語を喋る犬は「バウワウ」、鶏は「クッカドゥドゥルドゥ」、猫は「ミューミュー」。

だから外国人が日本へ入って来た時に、日本人にとっては聞いたこともない言葉を日本人の発音できる音に置き替えようと苦労したろうと思う。そもそも日本語 で使ってる音はかなり少ないのだ。それに対して中国語は発音と抑揚を合わせると相当多いらしい。中国語の場合は同時に漢字も入って来たので漢字を音読みと 訓読みで使い分けて上手に自分たちのものにしてしまった。もちろん自分たちのものにするための努力は大変なものだったろうと思うが。

西欧人が入って来たときにはまた新しい事を覚えなくてはならなかったわけだ。日本語のようになってしまっているカルタだって本来はカードを表すポルトガル 語だったらしい。ポルトガルではどんな発音なのかは知らないが。他にも天ぷらだって漢字が当てはめられている様だが、元はポルトガル語らしい。戦争中は敵 国語を使うのはまかりならんと言うわけで、同盟国のドイツ語を使ったため、モーターの事をモートルと書いたり、エナジーをエネルギーと書いたわけだ。この 他にもリッターをリットルと書いたりしている。

ところで話がそれるが、日本語でも昔は有ったのに今はなくなったという音があるらしい。また表現方法が変わったものもある。「ゐヰ」「ゑヱ」なんてのは最 近では「いイ」「えエ」と表記されるし、「か゜(鼻濁音)」も「が」と表記されるようになってしまった。あたしが子供の頃には「ウヰスキー」と書いていた ものだが・・・。

外国語を日本語で表記しようとする場合、今までに誰も書いた事のない言葉の場合は、最初に書いたものが勝ちということらしい。ただ最近では国語審議会など で基本線を決めてはいるようだ。たとえば一時期「ディ」の表記が認められなかった事がある。だからその当時に立てられたビルの中には「ビルヂング」と表記 しているビルがある。名古屋駅の正面の向かい側にあるビルがそうだ。「大名古屋ビルヂング」という。その当時は「ディーゼル」という表記も出来なかった。 「ヂーゼル」と表記していたのだ。現在は「ディ」の表記が再び認められている。

あたしが良く遊びに行く掲示板で、「リアかリヤか」という事が話題になった。「い」の段の後の「あ」は「ヤ」で表記される事が多い。「リヤカー」、「マリ ヤ」、「ドライヤー」、「ビヤ」などがそうだ。「ビアガーデン」とも言うが「ビヤホール」とも言う。似たような例で、「い」の段の後の「う」。「どうゆう こと?」なんて言うでしょ? 「きうり」も「きゅうり」になってしまった。また「い」の段の後の「お」「を」もそうだ。「気を付け!」と書くべきときに 「きよつけ!」と書く若い人が結構多い。「今度そっちへ行ったらきよつけて見て来ます」なんて書き方をする。また、「いちおう」を「いちよう」と書く若い 人も良く見る。「私も一応は持ってはいるんですが」と書くべきときに「私も一様は持っています」なんて書いているのだ。耳で聞き覚えた場合、こういう書き 方になるのだろう。それだけ、「読まない」人が増えたんだろうと思う。

2001年8月17日 誰に似たんだろう
子供というのは親のすることを見ながら育つわけだ。だから子供の動さや仕草は当然、親のしていることを真似ているはずだ。親は弁えているから人前ではしな いというようなことも、家庭の中ではうっかりしてしまうこともあるだろう。ところが子供はそんなことまでしっかり見ているのだ。特に父親は外にいることが 多いので、母親の真似をしていることが多い。仕事を終えた旦那が帰ってきて、子供がとんでもないことをしているのを見つけると「一体この子は誰に似たんだ ろうねぇ」なんて言うわけだ。もちろん逆に母親が言うこともあるだろう。これはお互いが責任を相手に擦り付けようとしている言葉とも取れる。別に非難の意 味が込められているわけではなくとも、良く使う言いまわしだろうと思う。

ところが、最近ではまだ1歳にもならないうちから哺乳瓶と一緒に保育所に預けられてしまい、親との生活の時間より、保母さんとの生活の時間のほうが長いと いう赤ちゃんが増えてきた。仕事をするためという人もいるだろうが、あたしとしてはせめて幼稚園に入るまでは親が一緒に生活するべきだと考えている。こう 言う赤ちゃんは親を見て育つことが出来ないのだ。保母さんを見て育つということは、顔かたちはともかく、性格などは保母さんの影響をかなり受けるのではな いかと心配になってしまう。そうなってくると「一体この子は誰に似たんだろう」という言葉は実感の篭った言葉になってくるだろう。

女性が仕事をするのを否定するというわけではない。しかし、収入の伴わない仕事は仕事と思っていない女性が増えている事は確かだし、あたしが一番不安な事 でもある。子供を育てるということは大事なことだし、本来人任せにするような類の物とは違うのではないだろうか。中には大して収入が増えるわけでもないの に、子育てが嫌だから保育所に預けるために就職するなんて女性までいるらしい。こんなやつを女性とは呼びたくないけどね。雌で十分だ。もっとも大人になり きれていないような女が赤ちゃんを抱いてるのを見ると、まともな保育所に預けて躾まで頼んだ方が良いのではないかと言いたくなるような場面もない訳ではな いがね。

2001年8月18日 産後1年の有給休暇
なんだか最近女性に関係する話が増えてしまったな。
前日の日記で一つ訂正。日記の中身を修正しても良いのだが、それでは意味がないので・・・。
「女性ではない。雌だ」と言った内容の文章を書いたのだが、実際には人間より、動物の方が子供を真剣に育てている。子供を守るためには自分の身体を盾にす る事すらある。それからすると、雌と言う言い方でも適当ではないなと後から気がついた。なんと呼べば良いのだろう。

NHKのラジオ深夜便で聞いた話。
深夜0時台だったと思うのだが、海外に住んでいる人達に、その国のメディアが日本に関して報道したニュースや、その国のトピックスなどを話してもらう時間 がある。金曜日の未明、つまり木曜日の仕事の時に聞いた話はオーストラリアのラトループ大学で教えている先生の話だった。

出産後1年間の有給休暇を認める会社が現れたと言う。こうなってくると他にも追随する会社が現れるのでは無いかと言うのだ。で、中小の会社ではそんな事に なったら会社の経営が成り立たなくなるというので戦々恐々の思いで見守っているとか。そりゃそうだ。仕事をした事に対してその報酬を払うのが本筋なのに仕 事をしていない人にまで報酬を払うなんて事になったら、会社としてはお金をどぶに捨てているようなもんだから。ただ休暇中でも全額が支給されるのかどう か・・、これはちょっと聞き漏らした。もしかすると入社の面接の時に「在職中に出産しますか?」なんて質問があるかもしれない。それで給料の算定基準が変 わったり・・・。

ところで会社としては産後の有給休暇を取っている女性の代わりの人間を雇わなくてはならなくなるだろうし、その代わりの人間がまともに仕事が出来るように なるまでは能率も落ちるだろう。まともに仕事が出きるようになった頃には休んでいた人が出てきてお払い箱になるかもしれない。最初から1年と言う契約で派 遣社員を雇うと言うのも一つの手では有るが、1年で辞めるような人間には大事な仕事を任せられない。またこの日進月歩の時代には1年も休むと既に「浦島太 郎」化してしまっているだろうから、その休んでいた人が会社に復帰してもまともに仕事をこなせるようになるまではまた時間も掛かるだろう。

オーストラリアはまだ景気が良いのだろうか。そこまでして、出産した女性を繋ぎとめておかなくてはならないのだろうかと考えていたら、本当の理由は別のと ころにあった。リポートしていた先生の話では、オーストラリアでも最近は出生率がかなり低下して来ていてそこまでしてやらないと、子供を産みたがらないと 言うことらしいのだ。幾ら仕事が生甲斐と言っても、子供を育てる生甲斐よりも上なのだろうか。それとも収入が優先なんだろうか。子供を生んで育てるのが嫌 なら始めから結婚なんかしなければよかろうにと思うのは極端過ぎるだろうか。

なんだか長くなってきたので、ここで一旦切って明日の分まで書いてしまうか。

2001年8月19日 妊娠、出産、育児をする工場
前々回の日記にも書いたが、幼稚園に入る年になるくらいまでは親は子供と一緒に生活すべきだと考えている。しかし、赤信号で立ち止まった子供の手を引いて 信号無視を教える親を見ていると逆に、生まれた子供は親から切り離して、専用の寄宿施設で集団で育てた方が良いかも知れないと思う事も有る。「子供には親 の愛が必要だ」なんて言うが、早い時期から哺乳瓶と一緒に子供を預けてしまう今の風潮を見ていると、それならいっそ品行方正で人格の優れた人を沢山雇っ て、子供を育てる専用の施設を作ってしまったほうが良いのでは無いかということだ。

この数日の間にもニュースから流れてくるのは、子供を虐待した挙句死なせてしまって河に流したとか、父親が喫茶店に行ってる間に助手席で寝かせていた子供 が熱中症で死んだとか、ろくでも無い話ばかりだ。子供に関する話では、この他にも踏みきりで引かれたとか、女子大生が駐車中の車から赤ちゃんを誘拐したと か、2人組の男が女の子を誘拐したとか、プールで目を離した隙に大人用のプールで溺れていたとか・・・。親に愛があれば、こんなこと起きるはずが無い。昔 から「親は無くとも子は育つ」なんてことを言うが、今ではむしろ「親がいないほうが子は育つ」かも知れない。

それなら妊娠から育児まで工場で一貫生産してはどうか? そうすれば女性にしたって、妊娠中毒やつわりで苦しい思いをしなくても済むようになる。産後の休 暇が不要どころか、出産の苦しみも無い。どうせ生みっぱなしの人任せなら、妊娠から人任せにしてしまえば良いでは無いか。日本では代理母はまだ認められて いないが、人工子宮を作ってしまえば済むことだ。今でも人工心臓なんてのが有るし、人工透析器なんてのは人工腎臓みたいなもんだし、肺だって人工のものが ある。そのうちには子宮だって人工のものが作れるようになるはずだ。その頃には遺伝子の解明が進んでいるだろうから、政府がこの人の種は保存すべきだ、と か、この種は残すべきではないなんて基準を作って、保存すべき人から卵子や精子を提供させて人工授精して、人工子宮で育てて・・・。う〜〜ん段々SFっぽ くなって来たな。

で、最終的には勝手な恋愛は禁止とか、性交渉は禁止とか、勝手に妊娠した場合は刑務所行き・・・ってそんな映画があったような気がしないでもない。あれ?  いや? 確かそんな映画を見たことがあるなぁ。ま、こんな時代になれば、わずらわしい結婚(想像の上では)なんて必要無くなるし、皆一人一人が自分が食 べて行けるだけ働けば済むようになる訳だし、惚れたはれただの、振った振られただのと大騒ぎすることも無くなるわけだ。どうせその頃にはあたしは生きてる はずが無いからどうなろうと知ったこっちゃない。

そう言えば、台湾と日本の混血児を抹殺しようと言う話があったな。和歌山の方だっけ? 人間の世界では既に混血なんか珍しくなくなったというのに、猿の純 血を守ろうって言うのは学者の考え方なんだろうか。台湾猿を放り出した奴が一番悪いのだが、日本猿との合いの子を抹殺しようなんてのも余り感心できないよ うな気がする。ところで、今書いていてフッと思ったんだが、今日本人の純血種ってあるんだろうか。南から来た種と北から来た種とが交じり合ってるはずだか ら、日本人なんてのは混血そのもののような気がするんだが・・。もしかして、どっかの檻の中で日本人の純血種を保護?していたりするのかもしれないなぁ。 ちょっと飲みすぎたかな?

2001年8月20日 NHKは嘘だらけ
って、別に嘘を放送したつもりはないのだろうとは思う。最初に発売された車が現存しなければ次世代の車を使って録画することもあるのだろうから。

あたしは子供の頃から、アメリカのテレビ映画が大好きだった。今だって、幾ら評判の良い日本製のテレビ映画が放映されていても、同じ時間帯にアメリカ製の テレビドラマが放映されれば無条件でそっちを選んでしまう。というより、日本製のテレビドラマは意識していなくても何時の間にか避けてしまっている。昔か ら日本のテレビドラマを避ける時の理由としては「業とらしい」「ぎこちなくて泥臭い」ということがある。日常の生活の中であそこまで力むの?とか、言いた い事はわかるけど、ちょっとオーバーじゃない? というシーンがやたら多すぎて、白けてしまうからだ。

最近、土曜日のお気に入りの番組は、洋画と11時過ぎのNHKでやってる「ロズウェル」「ダーマ&グレッグ」だ。で、普通だとここでテレビを消してしまう のだが、その後も付けっぱなしにしていたら「プロジェクトX」が始まったので、ついダラダラとみてしまった。

その中で、スバル360開発の話が出てきたのだが、最近収録された画像や、スタジオに持ちこまれたスパル360は数年後に発売された450(普通車)また はその後に発売された360が使用されていた。ヘッドランプが大きくなっているのだ。最初に発売されたスバル360はヘッドライトが小さく、しかもかなり 暗かった。もちろん、モノクロームの古い画像ではオリジナルのスバル360が映っていたので良いのかもしれない。

また、発売前に行われる運輸省の型式認定のテストのシーンでも新しい方のスバルが出てきていて、さぁ出発と言う時、シフトレバーを左へ押してから手前へ引 いていた。これは縦H型のシフトパターンで、かなり後で出てきた車のものだ。
 R 2
 ┣┫
 1 3
これが縦H型のシフトパターンだ。ところが、初期の型ではこれを右か左へ90度回転したシフトパターンだったのだ(どちらへ回転したパターンだったかはも う忘れた)。常識的なシフトパターンとは異なるために苦情も多く、何年かしてから、縦H型に変更されたと記憶している。

こんな些細な事に目くじらを立てるほうがおかしいというかもしれないが、「うわ〜〜懐かしい」と思いながらみていたら、初期のものとは違う車が出てきて、 しかもシフトパターンが違う。なんか変だと思ったらその時点で、懐かしさが吹っ飛んでしまって「それって、変じゃない?」となる。そうなるとなんだか放送 の内容まで、嘘っぽく感じてしまう。これはあたしの悪い癖なんだろうか。

ところで最後に出てくるエンディングクレジットの中に日本発條という会社の名前が出てきた。その後ろに片仮名で「ニッパツ」と書いてある。この会社のアル ファベットの略号は「NHK」なのだが、これは意識して入れなかったんだろうか・・・。日本(N)発條機(H)株式会社(K)なんだけどね。

2001年8月21日 クイズ・なぞなぞ
今日、公園で可愛い子を見た。未だ小学校の低学年だろうか。小さな男の子だ。公演の水飲み場の横の、屈まなくては使えないような位置にある水道で小さな容 器に水を汲んでいた。どうやら、公園にまかれている砂と埃(?)とを混ぜて何かを作ろうとしているらしい。あたしは、お札を勘定したり本をめくったりする 時に使うタオルを濡らす為に彼の後ろで終わるのを待っていたのだ。で、水を汲み終わった彼は水道の蛇口を閉めて立ち上がった。後ろにいたあたしがタオルを もっているのを見て、一旦閉めた蛇口をまた開けてくれてから立ち去った。あたしも嬉しくなって「ありがとう」と声をかけた。

この子供を見ていて、日曜日のことを思い出した。例によって日曜日は軽く飲んで、食事をして帰る近所のレストランバーへ出かけたのだ。新たにボトルを入れ ても、お腹一杯食べて7〜8千円で済む。ボトルが入っていれば、ずっと安い。ターゲットは若者らしいのだが、ずうずうしく若者に混じって食事をしてくる。 この店のアルバイトの女の子が、その日、昼間やってたテレビ番組の話をしてくれた。というよりその番組で放送していた小学生向けの試験の話をして、ついで にあたしも試験されてしまったのだ。

( )空干蛾豆
   し
   い
   か

この括弧の中に答えを書けと言うのだ。
これが小学校低学年用の問題なのだそうだ。蛾なんて字は読めるのだろうか?と聞いたら振り仮名が振ってあったらしい。あたしが真剣に悩んでるのを見かねた 彼女が、ヒントをくれた。童謡だと言うのだ。「干しいか」だけなんでこんなに長いのだとか、豆と蛾とどういう関係があるのだ、とかしばらく悩んでからやっ と気がついた。単に続けて読めば良かったのだ。答えが分かった途端に噴出してしまった。

次に出されたのは中学年向けの試験だそうだ。
( )ざなぼ
これは括弧の中に一文字を入れるのだと言う。やはり散々考えた挙句ヒントをもらうことになった。何処にでもあるもので目には見えない(答えが分かってから 考えると、道具を使えば見えるものだ)。いずれも、ある単語の頭文字で、各文字の下に何らかの文字が続く。しかもこの答えを含めて、其々の単語に使われる 漢字は独立して読む場合、こんな読み方をしない。つまり、この四つ(またはその内の二つ)の単語を続けて読む場合のみこの問題のような頭文字になるという のだ。更に、この四つの単語はその使われる目的がみな共通していると言う。こう言ったヒントが小出しに出されるのだが、それでも分からない。最後に答え、 つまり括弧の中に入る一文字を教えられても分からなかった。上の括弧の中は最終的な答えを聞いてからあたしなりに加えたヒントだ。これを子供が答えられる と言うことは、恐らくその直前の授業にも関係があるからなのだろうが、答えの一文字を聞いてもどう言う意味かすぐにわからなかったあたしは大分脳みそが硬 化しているのだろう。

で、もう一つ。これは高学年用の問題だそうだ。
・・・きき( )あし・・・
このぜんごの「・」は繰り返されると言う意味だそうだ。これだけは時間が掛かったものの自分で答えが分かった。しかし、これでは短い時間に沢山の問題を解 かなくてはならない試験の場では駄目だなぁ。

昔、あたしが小学生の頃、武蔵大学付属中学を受験した。知り合いが大学の方で教授をしていたし、家からも近かったからなのだが、見事一発で落ちた。と言う か、学科では通ったのだが面接で落ちた。あたしの人相はそうとう悪かったのだろう。この試験を受ける前に小学校の先生が色々と注意をしてくれた。
「光は1秒間に地球の周りを7回り半まわる」これを見るとつい「○」にしたくなる。ところがこの問題の正解は「×」なのだ。もし問題文の「光は」が「光の 速さは」となっていれば「○」なのだ。光は直進する(とは限らないが)から地球の周りを回ることはないと言うことなのだ。ま、言ってみれば引っ掛けだな。

試験と言うのはクイズなのだ。知っているか知らないかを見るわけだ。あるいは覚えているかどうかだな。数学だって答えの導き出し方を知ってるかどうか見る わけだ。だから、試験もクイズも答えは一つしかない。ところがなぞなぞと言うのは答えは一つとは限らない。

例えば、電線にすずめが10羽とまってました。この内の一羽を鉄砲で打ち落としました。電線に残っているすずめは何羽でしょう。と言うなぞなぞがある。な ぞなぞを知らないと残りは九羽と答えるのが普通だ。算数を習い始めた子供だったらそう答えるだろう。少し世間ずれしてして来ると、鉄砲の音に驚いてみんな 逃げたから1羽もいないと答えるだろう。だけど出題者は幾らでも答えを変えられる。一羽のすずめは耳が聞こえなかったので、残ってましたと言うかも知れな い。もちろんなぞなぞでもある共通した背景がないと答え様がない。昔はやったなぞなぞで、かもめが沢山いるのを指して、なんと言うかというのが有った。答 えは「かもめの皆さん」なのだが、この当時に「かもめのジョナサン」と言うベストセラーがあったからこその問題なのだ。

で、小学生向けの試験問題にしても、小学生時代から年数を経た大人の方が答えられないような試験と言うのはある意味なぞなぞに近いのではないかと言う気が してくる。子供さんのいるお宅では一度、子供さんに試してみてもらいたい。答えはいずれ掲示板かここで・・。答えが速く知りたい方はメールで連絡を。

2001年8月22日 台風と犯人逮捕
今、NHKのテレビでは少女誘拐事件の犯人が捕まったと言うニュースをやっている。NHKのラジオ第一放送では台風のニュースが続いている。NHKのテレ ビでもついさっきまでは台風のニュースばかりだったのだが、犯人が逮捕された後、テレビの方はこの誘拐事件のニュースがメインになってしまった。

このパターン、何年か前に経験があるんだよなぁ。デジャブだろって? いやいや、実際に経験してるんだ。それも台風が愛知県に差しかかろうかと言う時に。 そんなに昔の話ではないんで大抵の人が覚えているのではないだろうか。

4年前、1997年の6月28日のはずだ。この日あたしは福岡にあるお寺さんで行う母の1周忌の法事のために、朝早く東名に乗って走り始めた。台風が近付 いているのは知っていたのだが、車で出かけた。朝の9時頃長崎に台風が上陸した。そのまま東へ向かってくる。広島を過ぎた頃から、風も雨も強くなった。い よいよだなと言うことで、SAに入りちょっと休憩した。台風は瀬戸内海を進んでいたので、ちょっとやり過ごせば今度は追い風になるので却って走りやすくな るのだ。このとき、SAで確認したら関門橋が通行止めになっていたのだが、関門トンネルへの分岐路の手前で確認したら、40Km/hの制限はあるが通れる ようになっていた。

そのまま、伯母のところに泊めてもらうために熊本へ向かった。伯母のところで、ビールを飲みながらテレビの台風情報を見ていた。また、その台風情報の間 に、間もなく(7月1日)返還される香港の話題も報道されたりしていた。ところが、そこで急に臨時ニュース。何事だと思ったら、「サカキバラセイト逮捕」 のニュース。それまで、テレビのニュースは台風一色で、しかもそろそろ愛知県に掛かろうかと言う時だった。家は小高くなったところにあるので水害の心配は ないのだが、気に掛かるものだ。それが「サカキバラセイト逮捕」のニュース一色になってしまったのだ。

今、テレビの方も落ち着いて台風関係のニュースに戻った。耳でラジオを聞きながら、目でテレビを見て、合間にキーボードを叩いてるんで中々進まなかったの だが、なんとか書き上げることが出来たな。

2001年8月23日 台風で野球中止
大阪ドームでの試合が中止になったそうだ。ドームで天候のために野球の試合が中止になったのはこれで6回目だそうだ。

名古屋ドームが出来た年、雨漏りのためにドームの中で傘をさす映像がニュースで流れたことがあり、名古屋人は「名古屋の恥だ」と大騒ぎをした。あたしから 言わせれば、交通関係の無法状態の方が恥ではないのかと思うのだが。

この雨漏りの修理が完了した後、台風が来た。この時も今回大阪ドームが試合を中止したのと同じ理由で試合の中止を決めた。つまり、観客の安全を優先したわ けだ。特に試合後の交通の手段が保証できないと言う理由が主だった。例えば、電車が動いているか、バスが動いているか、タクシーが動いているか、どれも保 証がないのである。

この日、つまり名古屋ドームでの野球の試合が台風のために中止になった日、豊橋ナンバーの国産高級車がうろうろしていた。あたしは公園のトイレで小用を済 ませてきたばかりで車に乗りこんだところだった。この高級車はあたしの反対側で止まりドライバーが大声でわめいている。
「名古屋ドームへはどう行くんだ」
人にものを尋ねる態度じゃないんだが、おかしくって噴出しそうになるのをこらえながら
「何しに行くんですか?」
「野球の試合を見に来たに決まってるだろう」
「中止ですよ」
「なに〜〜? ドームじゃないか。屋根があるだろ」
笑いがこみ上げて来るんだが、必死に堪えてね
「台風が来ているから中止なんですよ」
本当はね、「あんたの高級な車にはラジオがついてないんですか?」って聞いてやりたかったんだが、そこまではしなかったけどね。だってね、豊橋ナンバーっ て事は少なくても1時間は掛かる距離を走って来ているわけだ。あたしだったら、台風が来ているのに大丈夫かなぁ、と心配になるよ。往復2時間が無駄になる かもしれないんだからね。だからあたしだったら走り始める前にニュースを聞くよ。そうしていれば名古屋まで来る必要はなかったんだ。だってかなり早くから 中止が決まっていたんだから。また走ってる途中でもニュースの時間にはニュースをやっていそうなところを選んで聞くよ。幾らカーステレオで自分の好きな音 楽を聞いていてもね。その当時だって、既に携帯はかなり普及していたんだから電話で聞くと言うのも一つの手だったはずだ。

だけどさ、本当に馬鹿だよなぁ。台風が来ていると言うのに何も確認せずにやってきて、しかも高速を降りてからの名古屋ドームまでの道順も知らずにやって来 るなんて・・・。あたしみたいに行き当たりばったりの人間でも、そこまで馬鹿はやらないよ。

2001年8月24日 美穂ちゃんの記憶力
二人の男性に誘拐された美穂ちゃんてのは凄い子だねぇ。例えばさ、開放されるまでに車で走った時間は「カップラーメンが出来あがるまでの時間の半分くら い」だったとか、部屋の中の間取りをしっかり覚えていたり、監禁されていた建物の外観の特徴を覚えていたり、その近所に有った家の特徴を覚えていたり。

また、人相書き(モンタージュ)の顔だって実際に役に立つものだったしね。現にそのモンタージュに似た人を知っていると言う情報があり、犯人逮捕に結びつ いているのだから。犯人の顔だけでなく服装の特徴などもしっかり覚えているしね。

確かにこの美穂ちゃんに限らず、子供の記憶力には感心することが多い。例えば小学低学年の子供とトランプを使って「神経衰弱」で遊んで見るといい。どうし てそんなに覚えているの?と聞きたくなるほどよく覚えている。一旦開いたところは、再び裏返しても、必ず覚えている。こうなるとあたしなんか、絶対に勝て ない。

しかもこの美穂ちゃんの凄いところは覚えていた事を大人でも分かるような方法で伝えていると言う事だ。例えば人相書きだってその特徴を聞きながら絵に書い ていく人が理解出来る方法で伝えているはずなのだから。もちろん聞き出す係の人の話術にも掛かっているとは思うがね。

子供の脳と言うのは「スポンジが水を吸うように」と言う表現があるように、なんでもどんな事でも吸収してしまうらしい。羨ましいねぇ。この年になるとそん な事はとても無理だ。尊敬しちゃうよ。

2001年8月25日 ドレッシング・調味料
某所の掲示板で読んだお話。最近、コンビニのドアーが自動ではなくなったのだとか・・・。そうなの? 最近あたしが行くコンビニの中で自動ではないところ は、2軒だけかなぁ。一軒はかなり古くからある店なんだけど・・。

あ、本題はここから。最近、コンビニのサラダにはドレッシングがついていないと言う話があった。確かにあたしが良く行く3つの系統のコンビニの内、サンク スだけはドレッシング別売りになったなぁ。○Kは未だに内蔵。ミニストップもそうだ。確かに好きでもない味のドレッシングが付いてると、それは他所に置い といて、塩だけで食べることもある。特ににんにくの風味の強いものは嫌なので、使わない。また、白くてドロッとした奴も嫌いだ。あたしみたいに好き嫌いの 激しいものはドレッシング別売りのほうが良いのかもしれない。ところが別売りと分かっていてもそれを買ってくるのを忘れてしまったりする事があり、それは それでまた不便なのだ。かと言ってでかい瓶入りを買って来たりすると、中々使いきれなかったりする。どっちもどっちだなぁ。

行き付けのめし屋で、以前はサラダにドレッシングがついていた。小さなガラスの器に入っていて、ラップしてある。その中にドレッシングの小さな袋が入れて あるのだが、好みのサラダに好みのドレッシングが入っていなかったりすると店の女の子に頼んで替えてもらったりしていた。今は別の棚に、ドレッシングだけ がバスケットに盛られて置かれている。好みのドレッシングが選べるようになったのはありがたいことだ。

さて、この話の発展したものだと思うのだが、醤油派とソース派がいるようだ。つまり、あたしの場合は揚げ物はソースでも天ぷらは醤油(上げたてなら、塩が 最高)とか、餃子・シュウマイは醤油とか。で、これが普通だと思っていたのだが、人には其々好みがあり、シュウマイをソースで食べるとか、豚カツでも醤油 で食べるとか、あたしの感覚からすると変わったことをする人がいるのだ。中にはなんでも醤油の人もいれば、なんでもソースと言う人までいるらしい。こう言 うのは本人の好みというより、育った家庭環境の影響から来るものではないだろうか。あたしの周辺でも、北海道の釧路から来た奴はフライもカツも含めてなん でも醤油で食べる。また岐阜の各務原にいたときは餃子をソースで食べるのを見てうぇ〜っと思ったことがある。


瓶入りソースと言うのは日本の発明らしい。西洋では料理毎にその都度ソースを調整するのが本当だそうだ。日本みたいに瓶入りでソースを売ってるところはな いらしい。しかも日本のソースは醤油がベースになっているというような話を聞いたこともある。もしこれが本当なら、瓶入りのソースも醤油の延長と考えられ ない訳ではないから、どちらを使おうが同じ事ということになるのかもしれない。でもあたしの場合は使い分けている。自炊はしないので外食する時のことなの だが、自分の好みの種類のソースがあれば出来るだけそれを選んで使っている。

以下はあたしの使い分けかただ。
例えば定食屋で、豚カツを食べたとする。カツにはカツ用のドロッとしたものを使う。俗に言う豚カツソースだ。時には中濃なんてのもあるのでそちらを使うこ ともあるが。で、付け合せのキャベツは塩か、ウスターソース。

海老カツや、チキンカツなどは出きれば中濃が良い。薄いのと濃いのしかなければ、濃いほうを選ぶ。フライも同様だ。

キャベツとか、ほうれん草などに、ベーコンとかスライスした肉やハムを混ぜてバターで炒めたりしたものなどはウスターソースを使う。とはいえ、塩コショウ で味付けしてある場合は別だけどね。バターを使ってソテーとかにした場合は結構ウスターソースが合うのだ。バターを使っていなくても、肉と野菜の炒め物な どはソース味のほうが好きだ。醤油味で炒めた奴は空いてる皿にその汁を前部流して、改めてソースをたっぷりかけなおすほどだ。

これに対して、中華、日本料理には醤油を使う。だから、餃子だろうがシュウマイだろうが、醤油だ。漬物だって塩が効いてても醤油を掛ける。ところで名古屋 の中華屋は既に調整済みの餃子用のたれなんてのを置いてるところばかりのような気がする。醤油にラー油をたらし、酢を数滴落として・・なんて自分の好みの 調整が出来ないのだ。

最近では全国的にそうなってきたらしいのだが、あたしが大嫌いなのはソース味の焼きそばに花カツオをまぶした奴だ。あたしの場合カツオとソースがミスマッ チと言う感じでまずく感じられるのだ。きっと、こう言うのが違和感無しに食べられると言う人は、ご飯の上にカツオを乗せてソースをかけて食べるんだろう な。平成の猫まんまか・・・。子供の頃、お腹をすかせて帰って来たときにまだ晩御飯の準備が出来ていないなんて場合に良くやったことなんだけどね。ご飯に カツオを乗せて醤油をかけて、場合によってはお茶をかけて・・・。おかかふりかけなんてのがまだなかった時代の話だ。

目玉焼きだけは確かにソース派と醤油派が真っ向ぶつかる料理(?)だ。あたしの場合は塩だけどね。安上がりにできてるなぁ。

昔カレーライスに醤油をかけるとかソースをかけるという人が結構いるらしいので驚いたことがあったのだが、そんなまずくなる食べ方はしたことがない。とい うよりも人に勧められてやったことはあるが、一度で懲りた。この名古屋ではソースを掛けると言う人がかなり多い。以前も書いたように、あたしはカレーは大 好きなのだ。だから、名古屋へ戻ってきたばかりの頃に「何処かカレーのうまい店を教えてよ」と聞いたことがあった。するといろいろ教えてくれたのだが、そ の中のある店が最高だと念を押された。なぜかと聞くと「そこはソースも逸品だ」と言うのだ。つまり、カレーにソースを掛けるという前提がすでにあるのだ。 そりゃ、余りまずい店の場合は失礼ながらソースでごまかすこともあるのだが・・・。そう言えば、テーブルに調味料の置いていない喫茶店でカレーを注文する とソースを一緒に持ってくる店があったなぁ。

あたしのパソコンの乗ってるデスクの上にはアジシオの小さな瓶と味付け塩コショウという瓶が置いてある。コンビニ弁当を食べる時のためにおいてあるのだ が、時には掌にちょっと振っておいてビール飲みながら舐めたりするのだ。安上がりな「あて」だな。

2001年8月26日 頭が悪い? 整理が悪い?
行き付けのLPスタンドで、親しい個人タクシーの運転手が調べものをしていた。住宅地図を借りて人の家を探しているのだと言う。ところが、この探している 地域はそれほど古い町ではないのだが、番地が飛んでいて探すのに苦労をしていた。で、あたしはパソコンを持ち出して検索してやったのだが、一発で場所がわ かった。このパソコンに入っているソフトは最近のナビにも有る機能で、名古屋市内のタウンページに載っている店や会社を、屋号や電話番号で検索出来るソフ トだ。その他、個人宅は検索できないが番地で検索すれば位置を地図上に表示してくれる。

で、彼がその位置をメモしている時に目の前に小さなケースが置いてあるのに気が付いた。開いた状態の空のケースは、その状態でも掌に乗るほどの大きさだ。 で、彼が掛けているメガネを見た。メガネのレンズはそれほど大きくはないが、かと言ってピノキオのお爺さんが掛けているような小さな鼻メガネというほど小 さくもない。そのメガネをしまうケースにしては馬鹿に小さいなと思いながら聞いてみた。案の定折畳式だと言うのだ。まだ老眼鏡を必要としなかった頃にそう いったものを見たことがあったのだが、最近は探しても見つからなかったのだ。で、早速何処で買ったのか聞いてみた。今使っているのが老眼鏡としては一番度 の軽い1.0なのだがそれが、そろそろ見づらくなってきていたのだ。買い換えたいと思っている時に折畳式を見つけたので早速あたしも買おうと思ったのだ。

なぜ折畳式が良いかと言うと、通常使うメガネは車内に一つ、パソコンの前に一つ常備している。車内では左程細かい文字を見るわけでもないので、まだ今のが 使える。パソコンで使う場合は画面の明るさを調整すれば、まだ今ので十分なのだ。最悪の場合フォントを大きくするという手段もまだ残っている。ところが、 部屋の中でもない車内でもないという場合、例えば食事に行ったり喫茶店に行ったりする時、車内のメガネを持って出るのを忘れるのだ。仮にメガネを持って店 に入ったとしても新聞を読もうと思うと、自前の1.0では読めないこともある。こう言う場合のことを考えると、常にポケットに入れっばなしのメガネが一つ 有っても良いのではないかと前から思っていたわけだ。ところが通常のメガネはケースに入れると、冬のように背広型の上着でも着ていれば別だが、ポケットに しまっておくことができないのだ。

折畳式のメガネを売ってる場所を聞いたら、なんのことはない。いつも仕事をしている駅で、待機している場所の反対側にあるメガネ屋だった。取り寄せてもら うのだという。それで店頭で探しても見つからなかったわけか・・。

店へ行き、折畳式の老眼鏡をくれと言ったら女性の店員があちこちをガタガタと探し始めた。カタログを探していると言う。
「いや、カタログは良い、もう物は見たから」
「それではお値段を・・・」
「いや、それも良い。3000円くらいだと聞いてる」
「ア、それではついこの間買われたタクシーの・・?」
「そうあれと同じので1.5の奴を頼む」
するとまた引出しを開けたり閉めたりしながら何かを探している。あたしもせっかちな方だから、「じゃぁそう言うことで頼んだよ」って言って店を出ようとし たら、今注文書を探してるから待てと言うのだ。面倒臭いなぁと思って待っているとあっちの引き出し、こっちの引出しと全部を探してやっと見つけてきた。名 前と電話番号だけで良いから書いてくれと言われたが、それこそメガネを持ってきていないので、何処に何を書けば良いのか・・。

メガネが届いたら連絡すると言われて、店を出たのだがどうも納得行かない。ついこの間、あたしの仲間が取り寄せてもらっているわけだ。その時にも注文書を 書いたはずだ。その時にしまった場所をもう忘れてしまうほどもうろくしているのだろうか。いや、単に頭が悪いだけのことかな。それよりなにより、そういっ た書類やカタログは常に同じ場所に保管すると言った習慣がないのだろうか。出したらしまう。それも元あった場所にしまう。こんな当たり前のことをしていな いのだろうか。それともしまう場所は決まっているのに、それがどこだったか忘れてしまったのかな。それなら引出しに見出しを張っておけばいいことじゃない か。あたしはどちらかと言えば整理下手な方だが、それでも勤め人だった頃にはこんな不様なことはしたことが無いよ。それこそ、○○に関する資料はどのキャ ビネットの何段目にある。とか、何段目の引き出しに有る××と言うフォルダの中にあるとか、これくらいは大抵覚えていたけどね。そりゃ、膨大な資料が有る のだから今までに一度も見たことの無い物だってあるし、そう言う時には自分が今まで係わったことのない部分の資料を徹底的に探すなんてことは有ったけど ね。しかし、「ついこのあいだ」のことならそんなに忘れるものではないはずなんだけど。やはり名古屋の女はドンなのかな。

2001年8月27日 同じことなのに印象が違う
同じことを言っているのに受け取る方の印象が違うという経験はないだろうか。先週末はクラウンの新車発表会があった。個人タクシーの家へ一軒一軒案内状が 配られていた。郵便ではない。愛知トヨタの担当者が一軒毎に宛名を書いて配って行ったものだ。ところが、内見会へ行ったものの話ではLP車が置いてなかっ たと言うのだ。タクシー用の車両が置いてないのに見に行ってもし方がない。で、あたしは見に行くのを止めた。その代わりに彼が発表会でもらってきたカタロ グを見せてもらった。こう言うカタログは長さの単位がmm(ミリメートル)で表示されている。またエンジンの総排気量もcc(立方センチメートル)で表示 されている。ところが車検証を見ると、単位はm(メートル)またはl(リットル)とかKw(キロワット)で表示されている。

車体の幅がカタログでは1690mmと記されていても車検証では1.69mと言った表示になる訳だ。また1900ccのエンジンでも、1.9リットルと表 示されるわけだ。同じことを言っているのに、表示が違うのはその精度に差があるからだろうと思う。車検証の方では1.7mを越えていなければ(5ナン バー)実際には1695mmであろうと1685mmでもそれほど大きな差はないという考え方なのだと思う。エンジンだって2000ccを越えていなければ 10ccや20ccくらい違っていても大差ないと言うことなのだろう。その表記が必要とされる精度を満たしていればどちらでも良いわけだ。

精度の問題とは違って、受け取る側の印象を意識して使い分けることが有る。リットルとccは単に1000倍か、1/1000かというだけの違いなのだが、 ccと言うのは小さい単位に用いられることが多いために、ccで表現すると大きな数字が出てきても少量というイメージで受け取られることが多い。あたしが 良く使う冗談だが、「え!? ビールを2リッターも飲むの? あたしなんか2000ccしか飲まないのに」というのがある。2000mlでもいいんだけど ね。いやむしろml(ミリリットル)の方がより小さい値に聞こえるかもしれない。あたしが中学の頃、肺活量が4200ccだった。この当時には身長は中ぐ らいだったのだが、肺活量は多いほうだった。だからそれを誇示するために「俺の肺活量は4.2リッターもあるんだぞ」と言ってたもんだ。数字としては 4200と4.2だから、4.2の方が小さいのだが、単位としてリッターを使うことで逆に大きい印象を与えようと言うわけだ。

ただ、少数以下の数字になったりすると、仮に大きい単位を使っても却って逆効果だったりすることもある。0.5立方メートル(水なら0.5トン)と500 リットルは受け取る人の感覚にもよるだろうが、500リットルの方が大きく感じるかも知れない。これはあくまでもあたしの感覚で書いているので、もしかす るとまるで逆の人もいるかもしれない。言葉から受け取る印象と言うのはやはりその人のバックグラウンドに左右されるだろうから。

2001年8月28日 その親切が仇となる
別の言い方をするなら、小さな親切大きなお世話って奴かな。例えば、こちらの路地が一旦停止で、交差道路が優先と言う場合に、交差道路の車が止まってくれ たりすることが有る。しかし、あたしとしては幾ら交差道路の車が止まってくれても、こちらに一旦停止の標識がある以上優先道路の車が行ってくれるまでは行 く気がない。ところが相手も意地になってるのか中々行かないことが有る。夜なら行く気がないよ、と言う意思表示のためにライトを消したり出来るのだが、昼 間はにらめっこになってしまったりする。ハザードを点灯したりすることもあるが、窓の中で先に行ってくれと合図しても相手から見えない事もある。譲り合い の末「お言葉に甘えて」を双方が同時にやると出会い頭と言うことになる。だから両方が止まってしまった時には、あくまで優先道路の方に行ってもらうまでは 動かないことにしている。この例なんかも大きなお世話だと思う。

もっとも、酷い奴は散々待たせた挙句、助手席から人を降ろしていたりすることもある。こちらからは見えなかったが中で話をしていてやっと話が終わって降り た、ということらしい。それなら、こちらにそれが分かるように夜ならライトを消すとか、昼ならハザードをつけるとか、早めに助手席のドアを開けて今人が降 りるんだよと意思表示してくれればいいのだ。今まで色々な土地へ行ったが、中でも名古屋は自分の意思を人に伝えるのが下手だ。しかしねぇ、動く気がないよ という意思表示のためにライトを消す奴は殆どいないね。そもそも、コンビニの前に車を停めて買い物に行ってる間でさえ電気を消さないんだからね。坂の頂上 付近でこんなやつが停まってると迷惑この上ない。

左からきた車が優先道路なのに止まってしまったことがある。ところがあたしはそう言う場合行く気がないので、発進するのを待っていた。ところが、相手の車 は動き出したと思ったら、あたしが進行しようとしていた細い路地に入り、中ほどで車を斜めに止め車庫のシャッターを開けに行った。真っ直ぐに停めてあれば 横をすり抜けて行けるのに・・・。結局車庫に車が納まるまであたしは待たされる羽目になってしまった。もし、優先道路上で停まった時にハザードを点けてい てくれさえすれば・・・。

かつて、一年半ほどだったがユニック付きの4トンのロング車に乗っていたことがある。最近は運送会社も正式な無線を各車両に搭載してたりする。あたしが勤 めていた運送会社でも搭載していた。時々佐川急便と混信したりしていたが・・。荷積み、荷降しなどに関して無線から指示される。現場とか機材置場に到着す ると無線で報告したりするのだが、別のトラックを先に入れる必要がある時など、入り口の前で待機の指示が出たりする。機材より先に資材を入れたいとか、今 有る要らない物を先に他所の車に積んでスペースを開けてから、とか理由は色々だ。同じ会社のトラックなら、トラック同士で連絡を取れるが、資材と機材は運 送会社が別だったりするから厄介なのだ。また、既に敷地内に別のトラックが入っていて、それが出るまでは入れないという場合がある。こう言う場合でも入り 口の前で待機なのだ。

こう言う時にハザードを点けて止まっているのに、後ろに車が繋がったりすると運転手としては困るのだ。それでなくとも、資材置場とか、工事現場周辺では住 民が五月蝿いのだ。だから、住民から苦情がこないように出来るだけ指定の時間の直前まではちょっと離れた広いところで待機していて周辺に迷惑を掛けないよ うに気を使っているのだ。入り口の前で止まってちょっとだけ待つ必要があるようなときに、後ろに繋がったりすると、まるでトラックが迷惑を掛けているよう に見えてしまうので怖いのだ。こう言う場合
「俺が悪いんじゃぁないよ〜。俺はちゃんとハザードを点けて停まったんだよ〜。行ってくれない後ろの奴が悪いんだよ〜。うちの会社へ苦情を持ち込まないで くれよ〜」と必死に祈っているのだ。そして工事現場の場合は工事を請け負ってる会社にまで迷惑をかけるので更に困るのだ。

このように中々行ってくれない、しかも溜まってしまった車の後ろに先に入れたいトラックがいるなんて場合には、ご好意感謝しますと言った顔をして合図をし ながらとりあえずバックして敷地内に入るのだが、溜まってた車がいなくなるのを待って、その後ろにいるトラックを入れるために慌ててまた入り口の外へ出る のだ。余計な手間をかけさせやがって〜とぼやきながらね。

2001年8月29日 困った苗字(姓)
あたしがまだ20代後半だった頃のこと。2ヶ月に3度くらいの割合で、東京の某所で行われる会議に出ていた。同業者、ユーザー、その他関連会社の偉い人達 が集まる。あたしはその会議の中で一番若かったのだが、その仕事に一番精通しているものを送り出すと言う会社の方針から無理やり行かされたのだ。ただ会社 が業界2位の会社だったので、若くても副委員長なんて偉そうな肩書きをもらったりして、くすぐったいながら得意になってたような気がする。

この会議に出ていた人で、「奥」と言う苗字の人がいた。たしか防衛庁の人だったはずだ。この人がたまに会社に電話を掛けてくることが有った。電話を受けた 女の子はあたしに向かって「奥様からお電話です」と言う。決して間違いではないのだが、これだけは止めて欲しかった。せめて「防衛庁の」と言う一言をつけ て欲しかった。この女の子の一言で、皆が一斉にあたしを見るからだ。電話中も聞き耳を立てたりしてる奴までいる。そりゃそうだ。独身のはずなのに「奥様」 から電話が来れば皆驚くに決まってる。

極当たり前の苗字なのに、それが困ったことになるという人がいる。昔、まだパソコン通信が盛んになり始めた頃のこと。スピリッツネットと言うのが有った。 ここでの超有名人に「ベティちゃん」と言う人がいた。本名は「まり」と言う。この人が絶対に結婚したくない相手というのがいた。別に特定の人のことを言っ てるわけではないのでここに書いても問題はないと思う。結婚したくない相手というのは「水田」さんとか、「小田」さんと行った人達だ。この他にも2〜3種 類の苗字が上げられていた。どれも「まり」と続けて読むと印象が良く無いと言うことなのだ。

昔はやった駅名を読みこんだ漫談でも似たような話があったな。横浜線の大口、菊名を続けて言うと面白いと言った内容だったが、これは駅名だからまだ良い。 個人名ではやはり「お黙り」なんてのは良くないよな。今は夫婦別姓を認めるかどうかなんて議論されているし、戸籍上では夫の姓になっても、会社ではそのま ま旧姓を使っている人も多いので、段々問題にはならなくなるのだろうが。そう言えば、オーストラリアだったか、子供の姓は父親の姓と母親の姓を繋げたもの になっているらしい。例えば中村さんと加藤さんの子供は「中村加藤太郎」と言うような表し方になるというのだ。で、この子供が鈴木さんと結婚すると、その 子供の姓は「中村加藤鈴木花子」と言う長い名前になるらしい。まるで「じゅげむ」だな。

2001年8月30日 「H」の反対は? [1]
先ず最初に、お言割を・・。実はやたら長くなるとは考えていなかったので、一気に書き上げてみたら相当長くなってしまったので、先ず半分を。で、残りは明 日のところに放りこんだのでよろしく。

「H」の文字を見るとすぐに助平な期待をする方には申し訳無いが、今回は助平な話とは無縁のお話。あたしらしく無いって? たまにはいいでしょ。

最近パソコンを始めた友人と話をしていた。キーを打つのが面倒だと言うのだ。大抵のことはマウスで出来るが、文章を書くにはやはりキーを打たなくてはなら ない。レシーバー付きマイクで言葉を喋るとそれを文章にしてくれるなんて言うソフトがない訳ではないが、それにしたって最初に自分の喋る癖をパソコンに覚 えこませる必要がある。しかし、このソフトでも間違えて聞き取られたり、誤変換をされたりすると、それを訂正するのは初心者にとって結構面倒だろうと思 う。

あたしは元々FEPなんか無かった時代からパソコンに触り始めたので、プログラムはベーシックだったし、それで作成した表に表示される文字はせいぜいカタ カナまでだった。だからアルファベットの文字の位置はなんとか覚えたものの、カナの位置は未だに覚えてはいない。だから、今書いてる文章もローマ字変換を 利用している。これは製造しているメーカーも販売店も同じなのだろうか。購入したパソコンは何も触らなければ、最初の設定はローマ字変換になっていること が多い。ところで、FEPと言うのはFront End Processorの略でMSIMEとかATOKなどのことだ。

初めての人に、つまり今までキーボードに触れた事のなかった人にはカナ打ちを覚えたほうが良いという人がいる。どっち道、一から覚えるのならキーを打つ回 数の少ないカナ打ちの方が早いからと言う理由である。なるほど一理有る。その代わり覚えるキーはローマ字打ちの2倍以上のキーを覚えなくてはならない。頭 に浮かんでくる文章を即座にキーで打ち込む必要が有るほど沢山のことが沸いてくる人ならともかく、あたしのような場合はローマ字打ちでも間に合うので今更 カナ打ちを覚えようとは思っていないが。

で、この話をしている時に思い出したのは昔あたしが使っていたシャープペンシルのことだ。

ところで、話が飛んでしまうが、このシャープペンシルと言うのは本来固有名詞(商品名)だったらしい。鉛筆と違って、削らなくても常にシャープな芯が出て くるので「シャープペンシル」と命名したと言うのだ。初期は1.0mmとか0.9mmとかだったが、後には本当にシャープな0.5mmとか更には 0.3mmとかのものが出てきている。最近では製図用とか、製図用コンパスなどのための高価なものまであるらしい。本来商品名だったと言うことだと、「み くの」で放送する時にはなんと言ってるのだろう。例えば、「ウォークマン」などは「ヘッドフォン型カセットステレオ」なんて言い方をしているようだ。 「キャタピラ」(戦車やブルドーザーなどの)等も固有名詞(会社名)になっているということで、「履帯」とか「無限軌道」などと言うのだ。誰か、シャープ ペンシルの「みくの」流の言い方を知ってる人がいたら教えて欲しい。ところで、このシャープと言う会社、シャープペンシルで売り出したのに今は電気製品を 作る会社になってしまった。あたしの部屋にも何時でも使える状態のシャープのパソコンが2台棚に並んでいる。ダンボールにしまい込んでしまった奴も1台あ るしね。

さて、昔あたしが使っていたシャープペンシルの話。未だにシャーペンと言えばノック式が主流だ。このノック式の場合普通に書く時の握りかたと、芯を出す時 の握り方はまるで逆になる。つまり手のひらの上で握りなおすために手を止め、芯を出すために2回ノックし、また握りなおすと言う3段階の手順の間、書きた い言葉が頭の中に溜まった状態になる訳だ。例えば自分の頭の中で構想を練りながら、順を追って書いているような場合は持ち替えてノックする間も左程ロスを 感じないかもしれない。あるいは、一気に文章があふれてくるような場合はじれったさを感じるに違いない。特に、機械的な翻訳仕事の場合はじれったさを感じ ることのほうが多いのだ。つまり決まり切った定型文書のような「取扱説明書」とか「組立方法」などは出てくるものが違うだけで基本的な言葉や、用法は殆ど 同じと言うことが多いのだ。こう言う場合は芯を出すためのロスが非常にうっとおしい。

2001年8月31日 「H」の反対は? [2]
一気に書き上げてみたらやたら長くなったので半分にしたんでね、これは前日の続き。つまり後編と言うわけだ。先に30日の分を読んでからにして欲しい。

ある時、ペッカーというシャーペンが発売された。これは手のひらの上で持ちなおす手間を省いたもので、普通に持った状態のまま、親指でボタンを押すだけで 芯が出てくるものだった。ところが使って見るとそれまで意識していなかったことなのだが、意外な盲点が有ることに気が付いた。つまり、常に芯をシャープに 保つために書きながらシャーペンを無意識のうちに回転させていたのだ。芯を出したいと思う時に、そのボタンがたまたま親指の位置へ回ってきていれば問題な かったのだが、回転させているうちにとんでもない方へ行ってしまっていることが有るのだ。つまり親指の位置にボタンがくるように回してやる必要があるの だ。意外に不便だったので、次に新しいシステムが出た時にこれを使うのを止めてしまった。

新しいのが出たのでまた飛びついてしまった。これはある程度、芯を最初から出しておくものだった。しかしそのままでは芯が細いから折れてしまう。で、芯の 回りに鞘がついているのだ。書いているうちに芯が短くなると鞘がそれに連れて持ちあがって行き、折れるのを防いでいるのだ。鞘が上がりきったところでまた 芯を出すので、芯を出すサイクルは長くなる。だがこれも失敗だった。人にもよるのだろうが、あたしは割合シャーペンを寝かせた状態で使うので(万年筆のよ うに)、鞘が紙に引っかかって滑らかに動くと言う感じではなかったのだ。アイデアは良かったのだが・・・。

そして、最高のシャーペンに出会った。このシャーペン、もし何もなければ知らずに通りすぎてしまったかもしれないほど、外見的にはなんの変哲もないもの だった。売り場に有ったボードに「あなたはこのペンの芯を出せますか?」と言った内容のことが書いてあったのだ。パズル好きのあたしが、これを見逃すはず がない。早速そこに有ったシャーペンを手に取ってあぁでもないこうでもないと色々いじってみたのだが、とうとう降参して店員に聞いたのである。このシャー ペンは軸が折れ曲がるのだ。普段はスプリングが利いているのでちょっと押したぐらいでは曲がらないのだが、ちょっと力を入れるとペキッと曲がるのだ。しか も360度、どの位置を押しても良いのだ。曲がる角度は左程大きくはないのだが、これで芯が出てくる。つまり、ペッカーのようにボタンを親指の位置に回す 必要がないのである。書いている途中で芯を出したいと思えば、その時に親指に力を入れて曲げればペキッといって芯が出てくる。これは気に入った。早速買っ て帰り仕事で使ってみたら言うことはない。こうなるとあたしの悪い癖で、すぐにスペアが欲しくなる。今使っているものが故障した時にどうしようと心配にな るのだ。で、今使ってるのが問題ないのに、もう一本買って来てしまった。ちなみに、この当時のあたしの給料は手取りで6〜7万円だったかな。大卒の初任給 が総支給額で7万円を超えたかと言う時代だったのではないかと思う。この時代にこのシャーペンは1本1500円だった。今の時代だと4〜5千円になるだろ うか。

で、更にひょいっと思い出したこと。やっと「H」の話だ。鉛筆の芯の固さを表す記号として「H」とか「B」というのがある。「H」と言うのは「硬い」と言 う「HARD」の略だ。と言うことは「B」と言うのは柔らかいと言う意味かと思うのが普通だと思う。ところがこの「B」と言うのは「BLACK」の略なの だ。「柔らかい」ではなく「黒い」なのだ。略号と言うのは奥が深い?

例えば下着などの場合、特に男性用の下着などの場合はかなり大雑把で「L」「M」「S」で表記される。これ以外でも「L」より大きいのは「LL」とか最近 では「LA(ロスアンジェルスではない)」なんてのも有るが、結局は「大」「中」「小」の略なのだ。ところが、この「H」「B」は対語ではないのだ。

何か他にもこう言った例はないかと考えてみたら、アナログレコードのことを思い出した。今の若い人達は黒いアナログレコードなんて見たことも無いと言うか もしれない。このレコードには大雑把に3種類有った。蝋管の時代を経て量産タイプのレコードが出てきた。黒い円盤状の初期のものは俗に「78回転」とも呼 ばれていたが略称は「SP」であった。その次に出たのが「45回転」とも呼ばれていたが略称は「EP」でドーナツ盤とも呼ばれていた。そしてCDにとって 替わられる前の一番大きいものが「33 1/3回転」。略称は「LP」だった。この「LP」が出た後、そのステレオ盤が出るようになるのだ。

で、この略称の「L」「E」「S」なのだが、これは大中小とも違う。「LP」というのは「Long Play」の略なのだ。それでは「SP」というのはそ れに対して「Short Play」の略かと言うとそうではない。「Standard Play」の略なのだ。つまり標準だな。で、これは何に対しての標 準かというと「EP」に対しての標準なのだ。「EP」とは「Exteded Play」つまり延長・拡張されたものと言うことだな。むかしの「SP」と言 うのはせいぜい3〜4分しか録音できなかった。それが「EP」になったら7〜8分の録音が可能になったのだ。だから「延長された」と言うわけなのだ。とこ ろが、録音密度を上げることが出来るようになったら更に回転数を落として盤の直径を大きくして更に長い時間録音出来るようになったのだ。これが「LP」 だ。演奏時間が約65〜70分と言うベートーベンの「第九」が裏表に入るようになったのだ。もっとも「第九」でそれをやると第3楽章の途中で裏返すなんて 言う面倒なことが起きるのだが。

このように必ずしも対語ではない単語を利用した略号はあたしのように英語に余り強くないものからすると、紛らわしい。あるいは分かり難いと言うことになっ てしまう。もっとも、この略号を遊びで使うと結構面白いことが出来る。行き付けの喫茶店に良く来ていた若い女性のことなのだが、周囲では「CD」と呼んで いる女性がいた。この「CD」とは「Compact Disc」でもなければ「Cash Dispenser」でもない。「Counter でぶ」の略 だったのだ。つまり、かなり肉付きが良くていつもカウンター席に座ると言う女性を他人に分からないような呼び方をしようと考え付いた略号だったのだ。この 例に倣えばあたしなんか「HD」だろうな。「禿げでデブ」。