手習い 8 [ 駐車 1 ]


そういやぁ、おめぇまだ飯まえだとか言ってたな」
へへっ、実は先輩のとこでご馳走になろうかと思ってたんですけど。考えてみたら先輩も一人もんでしたよね。ちっとばっか、甘い考えでしたね」
ちっとどころか、とんでもねぇくらい甘い考えだったな。で、と。今の時間だったら住宅街の方がいいかな」」
今の時間って?なんなんです?」
今の時間帯はな、中心部の喫茶店は混んでるってんだ。9時出勤の会社だと9時半過ぎころには、外回りの連中が仕事に出かけるわけだ。今がちょうどその時間帯になるって訳だ」
そうするとどうなるんで? むしろ空いてるんじゃぁないんですか?」
それが甘いってんだ。外回りの連中はこれから喫茶店に入ってモーニング・セットで腹ごしらえをしてそれから仕事に出かけるって寸法だ」
え〜?会社に行く前に済ませとかないんですか?」
工事現場の近くの喫茶店なんかだと、朝礼の終わった後の8時40分頃なんかが混んでるしな。名古屋じゃぁ仕事前が混むってこった」
で? それが出勤前ではなくって? 出勤した後で? 仕事に掛かる前・・ ??」
そんなことで一々感心してんじゃぁねぇよ。ここは名古屋なんだから」
へ〜〜!? で、住宅街の喫茶店の方が空いてるって訳ですか」
それも店によるよ。モーニング・セットのあるとこなんかは結構混んでたりするんだよ。早い時間帯は、暇な年寄りがわんさかいてね。で、9時前後は幼稚園の送迎バスで子供を送り出した後の暇な母親共が、うじゃうじゃいて姦しいしね。ま、こう言った混んでる店の方がコーヒーの回転がいいから、安い豆で淹れた奴でも淹れたてのことが多くて結構うまかったりするんだけどね」
しかし、名古屋の人ってコーヒーが好きなんですねぇ」
ってーか、コーヒー一杯分のお値段で、ゆで卵とトーストが付いてて経済的ってぇ理由でみんな行くんだろうな。だからこの時間にゆったりコーヒーを飲みたかったらモーニング・サービスのない店に行くのが一番だな。それも一杯ずつドリップで淹れてくれる店がいいね」
しかし見てると結構喫茶店は多いですね」
確かに人口の割合から言うと日本一多いとこらしいけどね。
そこの駐車場に入って、右側の空いてるとこに車を突っ込んで・・・
あ〜〜っ! ほ〜れ見ろ。後ろから来た車に入いられちまったじゃぁねぇか」
え? え?」
おまえ今、ケツからバックで入れようとして頭を左へ振ったろう? それやっちゃぁ駄目なんだよ。この名古屋では」
頭から入いらなくてはいけなかったんですか?」
まぁ特に断わりがなければバックでもいいんだけどね。こういった横並びのとこでも、縦列のとこでも、とにかくまず確保しなきゃ駄目なんだよ。何でもかんでも早いもん勝ちの土地柄なんだから」
だって私の方が先に駐車の態勢を取ってたんですから私の方が早いじゃないですか」
だけどまだ駐車スペースの中に入っていなかったろ? 名古屋では態勢がどうのってのは問題じゃぁねぇんだよ。先に突っ込んだ方が勝ちなんだから」
そんなぁ〜。よそでは・・・」
確かによそじゃぁ、すでに駐車をする態勢に入ってると見りゃぁ待ってくれるし、ほかに空いてるとこが無けりゃぁ、諦めて別の駐車場を探しに行くよ。

まだ俺が雲助になり立ての頃の話なんだが、お客がコンビニで買い物をしたいからその辺の空いてるところへ車を入れて待っててくれと言われたことがあったんだよ。で、お客を先に降ろしてね、頭を振ってバックを始めたらゴツンだよ。でね、俺が駐車しようとしてるのに、何で突っ込んでくるんだって文句を言ったらね、相手の奴は自分が先に入ったのにそこへバックして来るこの俺のほうが悪いってんだ。俺が何で文句を言うのかが分からないってぇ顔してやがってね。幸いお互い傷も無かったし、お客が帰ってきたんでそのまんま分かれたんだが、夜が明けるまで説明しても分かってもらえそうも無かったね。

もうひとつの例じゃぁ、ある駐車場でほかに空いてるところもあるのにこの俺がバックで入れようとしてるスペースに先に突っ込んだ馬鹿がいたんで文句を言ったんだよ。するってぇと、そいつはこの俺の車が邪魔で、他の空いてるところへ入れたくても入れられなかったから、俺が入れようとしてるとこへ入れたってんだな。俺がこのスペースに入れようとしてるのが分からなかったのかと聞いたら、それは分かってたがこの俺の車が邪魔で、他の空いてるとこへ行けなかったんだから仕方ないってんだ。つまり邪魔をしていた俺が悪いってんだな。だから、この俺の車が駐車し終わるまで待つよりも先に入ってしまえってぇ訳だ。ま、もともとこの名古屋の連中に『待つ』とか『やり過ごす』ってぇ概念がまるっきりねぇってこたぁ前から分かっちゃぁいたけどね」
・・・・・・・・・・・・・・」
おいおい、口を開けっ放しにしてると鳥が巣を作りに来るぜ。それより、ここはもう車を停めらんねぇからよそへ行こうか」
・・・・・・・・・・・・・・」

00/06/30