手習い 10 [ 交差点で-2]


ねぇ先輩、そろそろ信号が変わりそうなんですけど。前を塞いでる車ってちゃんと渡りきれるんですか?」
おまえは余計な心配しなくったっていぃんだよ。あいつ等は慣れたもんだから。見ててみな。そん時になりゃぁちゃ〜んと通れるようにしてくれるよ」
あぁ、ほら信号が黄色に変わった・・・。ん? 横断歩道の上に居た車が一寸だけ前へ詰めましたね。お、その後ろにいた車が、その左側へもぐりこんでって? あら、更に後ろに居た車はその右側へ回り込んで、でもって? その後ろの車は、あらら、対向車線に突っ込んで行きましたね」
な? 慣れたもんだろ? どうせ信号が変わりゃぁ対向車はもう来ねぇからな」
だけど先輩一番後ろの車は出っ張ったまま残っちゃいましたよ」
そりゃぁ、あのタイミングで突っ切ろうってのは一寸無理だろうなぁ。それに突っ切ったところで、更にもぐりこめる場所なんかねぇしなぁ」
だけど、第一車線の半分くらいは塞いじゃってますからねぇ。ちょっとバックすれば第一車線の車も楽に通れるのに・・。なぜ下がらないんですかね?」
名古屋の人間にとって、一旦進んだ位置から下がるなんてことは頭の中にこれっぽっちもねぇんだよ。だから車線変更でも、横に居る車をやり過ごして、その後ろに入るなんてこたぁ絶対しねぇよ。追い越して前にもぐりこもうとするんだよ。それにもう一つの理由は臆病だからってことかねぇ。バックすんのが怖いんだよ。ま、単に下手糞ってだけの話なのかも知れねぇが・・。」
それに、第一車線の車に対して、邪魔が出来る?」
お? 言うようになったな」
いえ、下がろうと思えば下がれるだけの余地はあるのに一向に下がる気配すら見せないということは、やっぱり意地悪なのかなぁと思えてきたんですよ」
まぁな、俺が一々言うまでのこともなかったかも知れねぇんだが。長いこと走ってりゃぁいずれ分かってくる事だしな。」
しかし、さっき前を車が塞いでからずっと気になってたんですけど、バスが停まってから、動き出すまでにずいぶん時間が掛かってましたよね。それほど乗客が乗っていたようにも見えなかったんですけど。それに、その間ずっと右からは車が出てきませんでしたよね」
そろそろ右折できるだろうから、曲がってからゆっくり見てみりゃぁいいさ。多分バス停の前後とか反対側に違法駐車してる車でも居たんだろ?」
あぁ、違法駐車のせいですか」
あれ? 馬鹿に素直に受け入れたなぁ。さっきまでは何かってぇとすぐに素っ頓狂な声だして驚いてた癖して」
あ、いえ、驚く元気もなくなってきちゃいましたよ
おっと信号が変わった、対向車も・・止まった・・と、で、信号無視の歩行者も居ない・・と。しかし、結構余計な神経を使いますねぇ。普通だったら、信号に従ってと言うか、規則に従って走っていれば、左程危険なことも余計な神経を使うこともないはずなんですけど。こんなとこで一日走ってたら肩が凝っちゃいますよね。良く名古屋の人は平気でいられるなぁ」
それより、ほれ見てみろ。あの右に停まってる車。頭隠して尻隠さずって奴だ。左の前輪だけ歩道に乗り上げてるから自分じゃぁ邪魔にならねぇとでも思ってるんだろうな。それにバス停の一寸先にも違法駐車の車が居るだろ? さっきのバスが停留所に停まってる間、対向車は動けねぇわけだ。で、そこに馬鹿が繋がってくるんだね、きっと。するとお客が乗り終わって発進しようとしてもバスの前には違法駐車だ。対向車が居て違法駐車が居て身動きできねぇってことになったんじゃぁねぇのかな。で、最終的には邪魔になってた対向車が渋々バックしたか歩道に乗り上げるかして、バスをやり過ごしたんだろう・・・てのが、俺の推理だがね。と言うと偉そうだな。そういう光景をしょっちゅう目にしてると大概のこたぁ想像がつくようになるって訳だ」
しかし、選りによってバス停のあるところに駐車しなくっても・・。それに一寸先には交差点があるわけですからねぇ。」
そう言うところは多いよ。わざわざ反対側に車が停まってるところを選んで、駐車してるなんてのはどこにでもある光景だ。
ところで、さっきの話に戻るが、名古屋の人間を良く観察してると分かるんだが、おまえがさっき言ってたみたいな神経の使い方は殆どしてないよ。だから疲れるなんてこたぁねぇだろうな。俺も最初は神経を使って参っちゃったけど、今はその神経を使うことに慣れたね。と言うより、神経を使うポイントが分かって来たってのかね。始めの頃はね、隣の車線の車が寄ってこないか、その前の車が割り込んでこないか、左の路地から頭を出してる車が飛び出さねぇか、信号が青に変わったけど発進してもいいか、 駐車中の車がいきなり発進しないか、なんてね、そりゃぁもう今までいろんな所を走ってきた俺だけど、こんなに疑って掛かったとこはなかったからね」
そういえば・・。今先輩の言ったことの中にはまだ私が経験していないこともありましたけど幅寄せとか、割り込みとかはまるで神経を使ってないから出来るんでしょうねぇ。それとも逆に好戦的で、常にスリルを味わいたい性格だとか・・。」
確かに、その両方かも知れねぇな
ところで、その左手に見える喫茶店が結構うまいコーヒーを出してくれるんだよ。で、と、その先の路地を左に曲がって、すぐの路地を過ぎた右手にある空き地が、店の駐車場になってんだ」
左へ? ですね。で、一時停止・・・・。え? あれ? 今の対向車ノンストップで行っちゃいましたよ」
ぃいんだよ」
だって、一時停止じゃないんですか?」
だから、いいんだってば。良く見てみろ、標識もないし、路面にも何も書いてねぇだろ?」
こっちは一時停止で、対向車線は違う? なんか変ですねぇ。 お? 左から車が来た。」
おいおい、何時まで停まってるつもりだよ。」
え? だって左から車が来てますけど」
あのなぁ、すでにこっちは停まってるわけだ。つまり先に交差点に進入しようとしてたわけだろ? あっちはまだ交差点にも達してねぇんだよ」
だって、こっちが一時停止ですから」
あっちも一時停止なんだよ。そりゃぁ、同時に進入しようとしたなら、左にいるあっちが優先だけどね」
へ? あっちも一時停止?」 
だってそうだろ? この道の対向車は一時停止しねぇんだよ。左から来る車が一時停止しなかったら事故が起きるじゃぁねぇか」
そう言えばそうですね。じゃ、あたし等の居る方はなんで一時停止なんですかね」
そんなこと俺が知るかよ。それより、左にいる奴は珍しく気の弱い奴らしい。何時までも待たせちゃ悪いだろ? さっさと発進しろよ。まだ今の奴なんかはここらじゃぁ珍しいおとなしい奴だったからいいけどね、こっちが一時停止しているのを見ると停まらずに行っちゃう奴の方が多いんで気をつけなよ。」
だけど、この道の対向車は停まらないんでしょう。それじゃぁ事故が起きる・・・」
そんなことを気にする奴等じゃぁねぇんだよ。交差する相手の方が停まってりゃぁ『頂き〜』て感じかなぁ。
交差する方が自分の方より広くて一時停止の標識がない。自分の方には一時停止の標識がある、なんて場合でも、相手が停まってれば構わずに行っちゃえって奴が多いんだから。ここに限らず、対面通行の方が一時停止で、それより狭い一方通行の方に一時停止の標識のない交差点なんてのが結構あるし、四方向とも一時停止なんて交差点もある。丁字路で突き当たる方に一時停止の標識がなくて、直進の方に一時停止の標識があるなんて変なところもある。こう言うところは要注意だね。
例えば狭い道と広い道が交差するようなとこで、狭い道に一時停止の標識がないようなところで事故が起きたとするだろ? 狭い道から出て来た奴は『一時停止の標識がないのになんで一々停まんなきゃぁ何ねぇんだよ』なんて平気で言うんだから、この名古屋では・・。ま、名古屋では譲り合いの事故ってのは余り聞かねぇな。大抵は突っ込みあいの事故だね」

00/10/09