マナーとルール
そもそもマナーってのは?
んじゃ交通ルールってのは・・・?
ルールにないマナー
マナーの悪さが産んだ妙案
普段の生活とマナー
マナーは守るべきかって?
そもそも交通マナーが良いとか悪いとかって議論をしてるやつってなぁ、その交通マナー以前に交通ルールってものが存在してるってことをすっかり忘れているんだからかなわねぇ。おまけにその交通マナーってぇな、普段の生活でのマナーがそのまま出てきてるんだってぇことに気が付いていねぇんだからますますかなわねぇ。
御客さんを乗して、走りながら世間話かなんかしてるってぇと、目の前で飛んでもねぇ事ぉする奴がいる。一体何考えてやがんでぇ、何つーてぇと御客さんが
「あれ? 運転手さんって名古屋の人じゃないでしょ?」
なんて言いやがる。めんどくせーなぁなんて思いながら、生まれたのはどこで、今まであそこに住んだ、ここに住んだ、とかいろいろ説明するってーと、
「やっぱり名古屋って、交通マナーが悪いんですか」
だと。 こうなるってぇとこちとらだって「ええい、かまわねぇ。なんでも言ってやれ」ってぇ気になるからてぇへんだ。
「とんでもねぇ」
「え? マナーは悪くないんですか?」
「冗談じゃねぇ。 マナーなんてもんはそもそも、ルールを守った上で守るもんじゃぁねぇんですかい?ルールを守らん者に対してマナーが良いとか悪いとか言うのはちぃとばっかおかしいと思いますがねぇ?」
「え? マナー以前の問題ということ? そんなに酷いんですか?」
「ひでぇなんてもんじゃぁねぇ」
MANNER ってのは辞書で引くと「扱いかた、他人への接し方」なんて載っている。だけど、それをもっとくだいていやぁ「思いやり、気配り」じゃねぇのかなぁ。で、それが一般に浸透した形のものを常識ってんだろうな。それを守らない奴が居ると、法的な制裁を受けるってぇ訳じゃないが、白い目で見られたり、後ろ指を差されたり。不文律ってぇ奴か?
例えば、消防署の前の道路をよく見ると斜めの線が引いて有る。四角で囲んで斜めの線が引いて有るってぇと、そこは信号待ちの間でも停まっちゃいけねぇって印だ。しかし、だ。俺なんざ、そんな法律ができる前から消防署や警察の前には停まらなかったよ。いつ何時、消防車や、パトカーが飛び出さなきゃなんなくなるかわからねぇからな。で、こういった事ってのはある意味ではマナーってもんだ。で、このマナーってのは思いやりってぇことだ。言い換えれば気配りってぇ奴だ。そして、この気配りってぇ奴は頭の悪い奴にはできねぇと来ている。つまり、頭のわりー奴が増えたもんだから、いちいち書かんでも良いようなことを法規に書かなきゃなんなくなったってぇ事だな。俺なんざどっちかってぇと頭のわりー方だけど、それくらいの気配りくらいはできるってもんだ。
さらに例を上げるってぇと、目の前を先行して走る車がいる。それまで、ライトを上向きにして走っていたにしても、目の前に先行車がいれば当然先行車の運転者の立場だったら眩しいだろうと、ライトを下向きに変えるのは思いやりだ。しかし、この思いやりをもっていねぇ奴がいるもんだから、法規にうたわなきゃなんなくなる。つまり思いやりのある奴ばっかりだったらこんな法規は出来なかったろうなってぇ事を言いたい訳さね。んで、これらはルールになっちまった例なんだが、このほかにもルールにならなかったマナーってのは結構ある。
交通法規ってぇ奴を読んだことあるかい? なんでいちいちこんなことまで法規で決めなきゃぁならねぇんだよ!ってぇ位こまけぇ事まで書いてある。そもそもルールってぇ奴は、或程度常識になっているってぇのに、それを守らねぇ奴がいるってんで、そんならルールにしちまえってんで出来たんだよな。
あ、もちろんそんだけじゃねぇよ。 新しいことを始めようって時、それまでに無かったルールをはじめから作っちまうことだって有る。何つったって、新しいことにはまだ常識が生まれる暇がねぇんだからな。
で、常識ではあるが、それを守らない奴がいるってぇと生活していく上で、不都合な事があるってんで、そういったことを文書の形にして残していこうってわけだ。皆が頭が良くって気配りできるってぇ事なら、いちいちお上が決めなくったって、世の中うまく行くってぇもんだ。
この愛知県ってぇ所は「管理教育」の厳しいところとかってんで、有名らしいね。しかし、生徒が生徒らしくしているなら何も校則で、がんじがらめにする必要も無いってもんだ。中学の3年の途中まで東京の中学だったこの俺が、名古屋に来てびっくりしたのは、生徒手帳の半分くらいが校則で、しかもいちいち書く必要もねぇだろうにというようなことまで書いてあることだったなぁ。スカートの丈は、スカートのひだの数は?きっとこうやって校則にうたわないと、すぐにはめをはずすような生徒ばっかりだったんだろうなぁ。んで、もう一つ。今思うとこれも理由の一つだったのかねぇと言うものが有るんだなぁ。自分が相手より強い立場に居ると威張りたがるという変な優越感を持った大人たちが・・・いや、やめとこ。
30年位前だったかなぁ。 運動音痴の俺なんざやる気もなかったけど、ゴルフってぇ奴にはルールが無いって聞いて驚いたもんだった。今ではルールがはっきり決まってるってぇ話だけど。そもそもゴルフってぇ奴は紳士のスポーツでマナーに付いての本は有ってもルールの本はないって聞いたもんだった。さすが紳士の国イギリスで生まれ育ったスポーツだけのことは有るって思ったもんだ。常識と良識があればルールなんてぇもんはいらねぇのになぁ。なんでルールが出来ちまったんだろう。
確かに今の状態を交通戦争という奴がいるくらい、ひでぇ状態であるこたぁ間違いねぇ。だからといって、戦争にだって厳密に言やぁルールは有る訳だし、それが無けりゃぁ、ゲリラ戦だよなぁ。
ところで、いろは坂がまだ一本しかなかった時代を知っているかい?この時代、坂を下っている車(特にバス)の運転手は下から上がってくる車を、良く見ていたもんだ。なぜかってぇと、コーナーでの擦れ違いがかなりきつかったからなんだが。下から上がってくる車とコーナーで擦れ違いになりそうな時は、坂を下っている車はセンターラインを越え、右車線のコーナーの手前で停車して下から来る車をやり過ごしたりしたもんだ。こういった光景を目にしたのはまだ小学生の時代だったから、それが法規で決まっていたのか、条例に決められていたのか、俺は知らねぇ。が、これもマナーだよなぁ。
2台がやっと擦れ違えるような狭い道で、対向車と擦れ違うなんてなぁ良くあることだが、ここに一台違法駐車の車がいるってぇといろんな条件が加わってくる。ルールでいやぁ、車線変更をしなけりゃぁなんねぇ方が、対向車と擦れ違うまでその場で待つってのが正しい擦れ違いかただが、もし、坂道だと違ってくる。仮に上り車線の方に違法駐車の車がいれば、下りの方が、車線を変更しなくても通れるので優先というのが、法規上での正しい通行方法になるわけだが、この場合自分の優先権を放棄して、下から上がってくる車両の為にその手前で停まってやりすごすってのが、法規を無視したマナーという奴になる。なぜなら、上り坂での発進には下り以上の苦労が有るからだ。
青、黄、赤の信号機の下に矢印の信号が付いているのを見たことのないやつぁいねぇんじゃねぇだろうか。この矢印信号は愛知県警の発明と聞いたことがある。路面電車用の黄色の矢印信号がヒントになったんだろうな。あれば確かに便利だが、なぜこんな発明が必要だったのかってぇのが問題だ。
高校を卒業した後、家出して東京へ行き就職した後、神奈川に住んでいる時に免許を取った。で、約15年前に名古屋へ戻ってきて、タクシーの運転手になったってぇ訳だが、片側1車線の道から片側2車線の道へ右折で出ようとした時のこと。交差点の真ん中で、直進車が切れるのを待っていたが、赤信号になっても切れない。そのうち左からの車が青信号にしたがって進んでくる。それでもなお対抗する直進車が進んでくる。対向車が切れたころには、左から来た車が既に前を通過していくもんだから、交差点の真ん中で、進むも引くもままならずってぇ訳で立ち往生しちまった。幸い1台の車が停まってくれたので、何とかその場を脱出できたが、一体名古屋ってのはどういう所なんだとその時はただ驚くばかりだった。今では、「そういう所なんだ」とあきらめている。
で、矢印信号の発明者が愛知県警だったってのに妙に納得できた訳なんだが、なんか情けなくならねぇ?東京や神奈川で、それもあの当時でも今の名古屋以上に交通量は多かったのに右折でこんなに困った経験はなかったんだがなぁ。それもあの当時は全赤信号なんてのはなかった時代だったのになぁ。
普段の生活の中でのマナーってぇものがある。 日本語でいうなら、礼儀作法とでも言うんじゃぁねぇかな?で、この普段の生活の中で、例えば人に物ぉ頼む時ってぇ場合、頭を下げて「お願いします」、何かしてもらったら「有り難うございます」ってのが礼儀ってぇもんだ。ところが名古屋の人は頭を下げるのが嫌いと来ていやがる。だから今まで、足を踏まれて「すいません」どころか頭を下げられたことすらねぇ。もう一丁例を上げるなら、映画館でこの俺が通路の脇の席に座っていたとする。奥の席が空いている時に、そこへ行こうとする奴がすいませんとか失礼とか言って通っていった試しがねぇ。当然みたいな面して人の膝を押しのけ、爪先を踏んづけてぐいぐいと奥へ通っていきやがる。何か挨拶がありゃぁこっちだって通りやすいようによけてやるってぇもんだ。
おんなじ事を四つ輪に乗ってる時にもやるもんだから、軽くて接触、酷い時には正面衝突ってぇ事になる。例えば車線変更の時に進路変更の合図をしねぇ。いつのまにかじわじわと寄ってきてて、そのまま隣の車におっかぶせてきやがる。或いは脇道から出てきた車が本線にいる車に挨拶もせず、まるで当然俺は入る権利があるんだとばかり、本線の車の前に、しかもその車の方を見もせずに割り込んでくる奴の多いこと。さらには、自分の方に路上駐車の車がいて、センターラインを越えなければ通れない時、あたかも対向車が自分の為によけるのは当然だという顔で飛び出してくる。そして、対向車が泡食って急ブレーキで停まるってぇと、ありがとうの合図も無く、へたぁすりゃぁ「このばか野郎、どこ見て運転してんだぁ」ってな罵声を浴びせていっちまいやがる。あーぁ、日本にいた頃にはこんなこたぁ無かったよなぁ・・・。
で、本来、マナーなんてもんはいちいち文書にしなくったっていいってもんだ。つまり不文律ってやつだなぁ。逆にいやぁ、文書になっていねぇってんだから無理に守る必要もねぇってんで、守らねぇ奴がいても罰則はねぇんだし、ほっときゃぁいいんだ。しかし、情けは人の為ならずってぇことわざもあるくらいだし、自分の立場に置き換えて考えてみれば、マナーってのがいかに世の中に役立っているか、必要なもんかは説明するまでもねぇんじゃねぇのかな。
98/06/19